第三章 『闇鍋班・爆誕』
「……ハーウェイ・ウォリックです。よよよよろしくお願いします」
彼は深々とお辞儀をするが、声が震えていた。
ルティはそれを見て苦笑する。
(わかる。緊張しているんだよね、だって)
ハーウェイの隣には第三王子とグループのリーダー格が座り、対面の席には右から英雄とそのお気に入りとアネゴ系女子が座っている。
(おそらくレイスとジェラルドさまが同じ班なのは根回しがあるとして)
魔力量で振り分けられたにしては個性の強いメンバーだ。
「さあ、みんな。自己紹介は終わったね」
セシルの声に、ルティは姿勢を正して黒板のほうに目を向ける。今日は階段教室ではなく、大きなテーブルがたくさん置かれた教室に集められていた。
「一年間、このメンバーで防衛術の実技を行ってもらう。ということで、親睦を深めるためにもグループディスカッションをするよ。テーマは宝さがしだ」
すると各テーブルに地図と箒と縄をひとつずつ配られる。
ルティたちはまず地図をのぞき込む。そこには深々とした森が広がり、出発地点からお宝まで三つのコースが描かれていた。
「君たちには三つのコースのうち、ひとつのコースを選び、宝を出発地点まで持ち帰ってもらいたい。地図を見てもらうとわかる通り、コースによって障害物の難しさや、道の長さが違う。それに魔物も出るぞ」
セシルはおどろおどろしい声で告げた。彼の言う通り、森の中には切り立った崖や水流の激しそうな川、大熊や巨大ネズミといった魔物の絵が描かれている。
「授業の最後には班ごとに、どうしてこのコースを選び、どうやって力を合わせて宝を持ち帰るのかを発表してもらう。ではみんな、準備はいいかい? はじめてくれ」
セシルの号令によって、ルティたちは顔を見合わす。
真っ先に口を開いたのはレイスだ。
「とりあえず、コースは1、2、3とわけようか」
「では印をつけますね」
ルティは羽ペンで地図に番号を書いていく。
「あとはそれぞれのコースの特徴ですね」
地図に描かれた情報をまとめると、こんな感じだ。
1が『魔物・二匹、道の障害物・普通、道の長さ・長い』
2が『魔物・三匹、道の障害物・難しそう、道の長さ・短い』
3が『魔物・五匹、道の障害物・簡単そう、道の長さ・普通』
それに加え、地図と箒と縄が用意されている。
シェリルは怪訝な顔で縄をつつく。
「この縄ってなにに使うのかしら?」
「例えば切り立った崖や川を渡るときに使うものでしょうか?」
ルティが答えると、彼女は眉間にしわをよせる。
「ええ? 飛行魔法で渡ればいいじゃない」
「それは難しいと思うぞ」
口を挟んだのはジェラルドだった。シェリルの目が一瞬にして挑発的なものになる。
「あら、王子さまの見解をお聞かせ願いましょうか?」
「いいだろう。想像力が足りないようだからな」
「なんですって」
「見ろ、魔物の中には鳥類もいるようだ。箒のような補助道具がなければ簡単に狩られてしまうぞ」
「でも箒はひとつだけよ?」
「だから地上を歩くしかないのだ」
二人のあいだにバチバチと火花が散る。剣呑な空気に、アキルスが声を張る。
「お二人とも、急に大きな声を出すとみんなびっくりしちゃいますから」
するとレイスが「つまり箒に乗った人が空から偵察をして地上にいる人に指示をするってことだな」とうなる。
「そうだけど、そうじゃないっていうか。ああもうさすがレイス君、冷静だね!」
アキルスのツッコミにレイスは腕を組んでなんてことない顔をするが、口元がわずかに緩んでいた。
(天然なところもあるんだ……じゃなくて! あああ! ハーウェイ君がすっかり萎縮しちゃっているし)
彼はずっとおろおろしていて、黒縁眼鏡越しの赤い瞳が泳いでいる。
そのとき「ああそうだ!」とセシルがよく通る声を出す。
「言い忘れていたけど、お宝は二人でないと持ち運ぶことができない重さだと考えてね!」
とても重要なことではないか。いろいろ話し合いたいところだが、ほかの班と比べると進行速度が遅い。
(このメンバーをまとめるのはかなり難しい)
だけどルティは適任者を知っていた。彼に託すためにも声を上げる。
「はいはいはい! みんな、授業中ですよ。せっかくすごいメンバーが集まったんですから、やるからには最高評価を取りたいですよね?」
するとそれぞれが「……まあね」「ああ」などと頷く。ルティはみんなの意志を確認してからアキルスに視線を向ける。
「では円滑に進めるためにも、進行役をアキルス君にお願いしたいのですが」
「え、おれぇ?」
アキルスは自分自身を指さして首を傾げる。
(そうだよ。あなたならできる)
先ほどジェラルドとシェリルにツッコみを入れたことで確信した。アキルスは誰に対しても円満に会話をすることができる。
ハーウェイは人見知りなのか言葉数が少ない。だが彼と同性であり、気遣い上手のアキルスなら、ハーウェイから言葉を引き出せる可能性が高い。
ルティはアキルスをじっと見つめていると、彼はキャラメル色の髪に触れてから「わかったよ」と答え、まずはジェラルドに向き合った。
「ジェラルドさま、僭越ながらおれが進行させてもらってもよろしいですか?」
彼が人当たりのいい笑みを浮かべると、ジェラルドもつられるように微笑む。
「私はいち生徒だ。身構えず、敬語だって外してもよい。ジェラルドやジェドと呼んでくれたってかまわないんだぞ」
「ええ~、本当に呼んじゃってもいいんですか?」
「むしろ王族を呼び捨てにできる機会などこの学校生活しかないぞ」
「あはは! なるほど。ではジェラルド君、改めてよろしくということで」
それからアキルスは「ひとまず三つのコースの中から多数決を取ってみよう。道具をどうやって使うかはそのあとだ」と告げる。
ルティたちは改めて地図に向かい合う。
(選ぶとしたら1か3だよね)
1は魔物が少ないが進みづらく、3は魔物が多いが進みやすい。2は魔物の数と歩きづらさで考えるとメリットはない。
「わたしは1ですね」
「ルティの意見を尊重したいが……ここは3を選ぼう」
「私は1だな」
「あたしは3ね」
「おれは1かな。ハーウェイ君はどのコースにする?」
「……ぼ、僕は3にします」
まさかの三対三で、綺麗に分かれてしまった。
「よし、それぞれのコースへの考えを言ってもらおうか。1を選んだのはルティリエールとジェラルド君とおれだね。ルティリエールはどうして1を選んだの?」
「やっぱりこの六人で無傷でゴールまでたどり着きたいから、ですね」
「私も安全を確保した上で成果が得たいと思ったからだな」
「うんうん。おれも二人と同じ考えだ。じゃあ次は3を選んだ人の意見だ。レイス君からどうぞ」
「俺が3を選んだのはどこの班よりも早くゴールするためだ。まず日常生活で魔物に遭遇する機会は少ない。危険をさけることだけを考慮するなら1のほうが安全なコースだが、俺はこの三年間で宮廷魔物討伐隊の訓練に参加している。俺を主軸にして攻撃に徹すればどこよりも素早くゴールにたどり着けるだろう」
でもそれは呪われていなければの話だ。
ルティとジェラルドは頷きつつも、じっとレイスを見つめ、実際に宝探しを行う機会があったときは無茶をさせないからな、という圧をかける。
「あたしも同じ考えね。リーデロウェルほどじゃないけど、あたしも魔物に対しての防衛術をたしなんでいるから。でも、ハーウェイと言ったかしら? 正直なところ、あなたも3を選ぶなんて意外よ」
「うえっ、そ、そう、でしょか?」
これにはレイスも同意する。
「ああ。てっきり安全性を優先させると思っていた」
彼に話しかけられてハーウェイは一段と肩を震わせたが、ゆっくりと口を開く。
「セ、セシル先生は、宝を出発視点まで持ち帰ることができれば、その、成功だと言っていたから、それはつまり、全員でゴールする必要はないってことで。だから宝を持った二人をゴールさせるためにみんなが守ればいいと思って、3にしたんだけど」
ルティはそこを突いてきたか、と舌を巻く。確かに全員でゴールする必要はない。レイスとシェリルも腕を組み、うんうんと大きく頷く。
でも、それは怪我を負う危険も高い。ルティはすかさず反論する。
「あくまで議論だとはわかっていますが、実際に魔物に遭遇したときに動ける人は一握りだと思います。たとえゴールできたとしても、残された者が取り返しのつかない怪我を負ったときのことを考えると……やっぱり1のほうがいいと思います」
ルティはぎゅっと拳をつくる。最後のほうは上手く言葉がでなかったが、白魔導士を目指している身といては、できるだけ怪我人を増やしたくはない。
するとジェラルドも苦々しい表情で告げる。
「悪いがハーウェイ、私も上に立つ者としてルティリエールに賛同するぞ」
「……あ、そうですよね、すみません」
ハーウェイはハッとしてから、背中を徐々に丸くさせる。うつむくことで彼の表情が見えなくなるが、一瞬だけ取り返しのつかない過ちを犯してしまったような、痛みに苦しむ表情をしていた気がした。
(ごめんなさい! あなたを責めているわけじゃなくって!)
ルティが慌てて声をかけようとすると、シェリルが空気を換えるようにキッとジェラルドをにらみつける。
「ちょっと王子さま、うちのハーウェイを脅さないでもらえます?」
「脅してない。あといつハーウェイがお前のものになった」
「こらこら、すぐにぎすぎすしないの! 二人とも、顔が怖いよ」
アキルスがハーウェイを庇うように肩を抱くと、ジェラルドが「む、すまん」と椅子に座りなおす。しかしシェリルは身を乗り出したままだった。
「ちょっと待って、あたしのどこが怖いのよ?」
彼女は心底わからないという表情で首を傾げる。
(ん? ……あれ?)
怖いといえば、派手な化粧に着崩した恰好に、切りっぱなしの黒紫髪からのぞくいくつものピアスをしているところだが、アキルスがみんなの気持ちを代弁するように「強いていうならアネゴって感じの勝気な雰囲気かな」と苦笑する。
シェリルはふうん、と考えるそぶりを見せたあと、ハーウェイに目線を合わせる。
「これ、似合っていないかしら?」
「に、似合っていると思います」
「ふふん、じゃあ大丈夫ね!」
そういってシェリルは血色のいい唇に弧を描く。どこかから「いまのは脅迫だ」という呟きが聞こえたが、シェリルは聞こえないふりをする。
結局、話し合いを重ねた結果、レイスたちが選んだコース・3に決まり、授業はつつがなく終わった。
ただし思った以上に騒がしかったようで、どんなにいい素材が集まっても組み合わせ次第では黒くにごった鍋になる、と例えられてしまい。
闇色の鍋、略して『闇鍋班』と呼ばれるようになった。
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