第三章 『英雄のお気に入り』
「ではエルトナーさん、月の満ち欠けが精霊と魔物の活動にどう影響をしていると思いますか?」
天文学の先生に指名され、ルティは唇を引き結びながら立ち上がる。
(みんながわたしを見ている)
周囲の目線が気になって、わずかに視線を泳がせる。自分がこんなに緊張しいなんて知らなかった。
「つ、月の光からは魔力の源であるマナが発生しているといわれているため、人よりもそれを吸収する精霊と魔物は、満月のときに活発的になると思われます」
考え抜いた末に出てきたのが、入試問題の模範解答のような言葉だった。
おそるおそる周囲の様子をうかがうと、心なしか先生や生徒たちからの視線が冷めたものに変わる。
(わたしへの興味が薄れた、という感じだな)
ルティはゆっくりと席に座る。
みんなそろそろわかってきたのだろう。ルティにたいした才能がないことを。
(これが
覚悟はしていた。でもこれほどまでとは思っていなかった。
授業が終わると、ルティはひとりで教室を出ていく。みんな遠巻きにこちらを見ているだけで、話しかけてはくれない。
(わかっている。わたしが勝手に気後れして、そう見ているだけだって)
でも、胸のもやもやは消えない。
「ルティリエール、少しいいか」
そんなとき声をかけてきたのは、動きやすい上着に短パンという運動着姿のジェラルドだった。惜しげもなく褐色の肌をあらわにしているため、周囲にいた女子生徒が色めき立つ。
「いいですけど……リーデロウェルさんは?」
「あいつは授業で見事な空中芸を披露してな。休み時間というのに、まだほかの生徒に囲まれて指導しているぞ」
彼はにこやかに告げるが、声色に棘を感じた。
授業は運動着のままでも受けることができるため、休み時間をほかの生徒のために時間を使うのは立派なことだが……。
(へえ、無茶をしたってことか)
二限目は必須授業の歴史なので魔法を使うことはない。魔力補給が必要ないということだが、無理していないか心配になる。
ルティはジェラルドと共に人気のない廊下に移動して、手短に経過報告を交わす。
「あれから犯人の動きはありましたか?」
「目立った動きはないな」
「……それはつまり、ちょっとした動きはあったと受け取りますけど」
低い声で追及すると、ジェラルドは「少し前にそなた宛ての不審な荷物が女子寮に届いていたから回収させてもらった」と口を開いた。
ルティは顔をひきつらせる。
「安心してくれ。他はない。まあ、あのレイスの変わりようを見てしまえば、しばらくは大胆な行動には出ないだろう」
「あー……すごいですよね、彼の演技」
遠い目をすると、ジェラルドも苦笑する。
「ルティリエールのあしらい方もなかなかなものだぞ。レイスのそばにいることで犯人の目に留まる可能性は高くなったが、いまのそなたに脅威を感じられないからな」
この調子で頑張ってくれ、とジェラルドは激励の言葉を残して去っていく。
ルティはその後ろ姿を黙って見送った。
(わたしって可もなく、不可もなく、ぱっとしない生徒ってこと?)
ジェラルドと契約した以上、ルティはごく普通の生徒でいるべきだと理解している。
(でもごめんなさい。なんだかむしゃくしゃする!)
ルティは二限目を終えてランチタイムになると、食堂のテラス席でむしゃあとサンドイッチをかじる。
すると目の前の席に座るシェリルが呆れ顔をする。
「荒れているわね~。英雄のお気に入りが重圧なら、はっきりと断ってしまえばいいのに」
そういって彼女は優雅な手つきでパンを口に運んだ。ルティはもぐもぐと咀嚼してから口を開く。
「それができたら苦労しませんよ。シェリルさんだって、あれと対面したらその破壊力がわかりますって」
特に本来の彼と演技の差がすごい。いつもルティを振り回してくるため、脳が混乱しそうだ。
「ええ? じゃあ、もしあたしがリーデロウェルに惚れちゃったらどうするのよ」
ルティは一拍置いてから、眉を寄せてしぶい顔をする。
「……別にどうもしませんけど」
「ふうん」
シェリルが妙ににやにやしているのはなぜだろう。しかも彼女はルティの反応をからかうように発言をする。
「でもリーデロウェルってなかなかいい男だと思うわ」
「ごほっ⁉」
ルティは思い切り食べ物を喉につまらす。ベリーの炭酸水で流し込んでから、「ど、どういうところが?」と首を傾げる。
「こういうときってだいたいあなたに対しての嫌がらせが発生するのに、それがないでしょう?」
「た、確かに」
言われてみれば誰からも嫌がらせを受けたことはない。遠巻きに見られることはあっても、物を隠されたり、女子トイレに呼び出されることもない。
シェリルはくすりと笑う。
「リーデロウェルに守られているのね」
「……そうなんでしょうか」
彼はルティのことをどこまで考えてくれているのだろうか。もし彼なりに守ってくれているとしたらありがたいが、同時に罪悪感にも襲われた。
(レイスのほうが大変なのに)
魔力補給のほかにも、彼のためにできることはないだろうか。
「お礼、したほうがいいですよね」
思い切ってシェリルに相談してみると、彼女はあんぐりと口を開ける。
「まったくあなたって子は。そんなことをしたら彼がつけあがるだけよ?」
「そうはいっても」
「じゃあ、ありがとう、とか言っておけばいいんじゃない?」
「適当すぎませんか?」
「好きな人の言葉ならなんだって嬉しいでしょう」
やっぱり適当な答えしか返ってこなくて、ルティは眉間にしわを寄せて頬杖をつく。
(あげるからには喜んでもらいたいんだけどなあ。なにがいいんだろう)
悶々と悩んでいると、シェリルがため息をつく。
「リーデロウェルについて悩んでいる暇なんてないと思うけど」
「え?」
ルティが顔を上げると、彼女の菫色の瞳は冷え切っていた。
「彼の隣にいるジェラルドに気をつけたほうがいいわ。あの男は危険よ、気を許さないことね」
シェリルはそれきりなにも言わず、アイスティーを口に含む。
(気を許さないで、というのは同感だけど……いま王子のことを呼び捨てにしたよね?)
彼女もジェラルドと過去になにかあったのだろうか。
ルティはシェリルの首元を見つめる。
(まさか、ね)
◆
しかし、事態は想像以上に複雑に絡み合っていく。
いよいよ防衛術の実技の班が発表された。
班は魔力量で均一になるように分けられると聞いていたが。
(……こんなことってある?)
集められた面々を見て、ルティは頭を抱えたくなった。いや、もう笑うしかない。
にこやかに手を振ってくるレイスに、優雅で毅然とした立ち姿のジェラルドに、仏頂面で腕を組むシェリルに、これまた人当たりのいい笑みを浮かべるアキルスに。
そして。
(どちらさま?)
ルティが視線を向けると、彼は肩をビクっと揺らした。そこには青みのある灰色の髪に、黒縁眼鏡が特徴的な男子生徒がいた。
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