第三章 『甘い猛攻』
レイスたちと協力関係を結んでから、数日が経った。
ルティは朝早くから寮の部屋で呪いにかんする本を読み、魔力封じの記述を指でなぞる。
魔力封じに使われる薬品は魔物の血が必要となるため、作り方がかなり難しい。
というのも魔物の血には毒素が含まれているため、鍋で煮ると毒を含んだ湯気が発生するからだ。
(冷や冷やしながら作ったあとは、薬品を小瓶に入れて厳重に保管し、呪いたい相手の飲み物に仕込んで直接摂取させるのが理想的だけど……)
レイスの場合、手紙に仕込まれていた。これは類を見ない手法だ。
(シェリルさんならなにか知っているかな?)
ただなぜ調べているのかと問われたとき、彼女に嘘をつける気がしない。
それに彼女は彼女でやるべきことがあるらしく、朝から晩まで活発的に活動している。今日の朝は生物学の先生にお願いされて動物の飼育小屋の掃除を手伝いに行っていた。
自由奔放、というよりは、自分のやりたいことを探している印象を受けた。
「わたしも頑張らないと」
ルティは制服に着替え、ローブを身にまとうと、教科書と筆記用具を持って部屋を出る。
廊下は少し肌寒かったが、外に出て日光を浴びるとちょうどいい温度だった。
(はあ。また人だかりができているよ)
女子寮の門の前に、女子生徒の集団がいた。ルティがそれを横切ろうとすると、
「おはよう、ルティ」
爽やかな声で話しかけてきたのはレイスだった。
「おはようございます。リーデロウェルさん」
げんなりとした顔で会釈をすると、レイスは小走りでルティの隣に並んできた。
「よそよそしいな。君と俺との仲だろう? レイスでいいのに」
そういって、恋人をエスコートするようにルティの右手を持つと、自分の腕に触れさせる。腕組みというやつだ。
ルティは一瞬だけビクっと体を震わせてから、彼の体を押しのけて離れようとする。
「距離感を見直してくれたら考えます!」
「それは困るな」
困るという言葉とは裏腹に、妙に嬉しそうに笑っているため、ルティは怪訝な顔をする。
「どうして笑っているのですか?」
「ルティがいつ俺の名前を呼んでくれるようになるのかな、と思ったら楽しみになってしまって」
ダレデスカコノヒトハ。もう一度言う。ダレデスカコノヒトハ‼
(さすがにこの変わりようは怪しまれるでしょう⁉)
ルティはさりげなく周囲を見回す。ジェラルドがどこかで様子を見ているはずだ。
(あ、いた! ジェラルドさまからもやりすぎだって注意してくださいよ)
目線で訴えかけるが、いくら待っても視線が合わない。よく見ると、彼は片手で顔を覆いながら肩を震わせていた。
(爆笑している、だと……⁉)
前々から感じていたが、ジェラルドは享楽主義な一面を持ち合わせているようだ。
内心で呆れながら、レイスからのイチャイチャ攻撃に応じていく。
ルティとレイスの授業の時間割の内容はほとんど同じだが、教室の広さの関係もあって、授業が被らないときがある。
今日のルティの一限は天文学であり、レイスは飛行術だった。
飛行術は運動着に着替えなければならないが、レイスはわざわざ天文学の教室まで送ってくれた。
彼を見送ってからため息をつくと、たまたま後ろの席に座っていたアキルスに声をかけられる。
「今日も熱烈だったね」
「あはは……」
ルティが苦笑して難を乗り越えようとすると、アキルスとつるんでいる女子生徒たちが口を開く。
「よく平然としていられるわよね」
「わたしと彼とでは立場が違うので」
だいたいそういえばみんな納得してくれるが、さすがに猛攻をかわしすぎると別の問題が出ていく。
「本当に? あんなふうに口説かれたらコロッとなびいちゃうのが普通よ」
「うーん、そうですか?」
彼の冷たい本性を知ってしまったからこそ、彼の優しい演技との温度差がありすぎて、不気味で怖い。
それを正直に話すことはできないので、当たり障りない返事をする。
「だってどうしてわたしなんかを彼が、好き、いや気に入っているのか自分でもわからないから、受け止めきれないというか」
困ったように首を傾げると、女子生徒は眉を寄せる。
「確かにそれもそうね。彼があなたを好きになるきっかけはどこだったのかしら?」
言い換えればルティにはレイスに好かれる要素がない、ということか。
(くう~、容赦ないなあ)
心の中で奇声を発することで胸の痛みを誤魔化していると、アキルスがにっこりと微笑む。
「やっぱりあれじゃない? アクロバティックジャンプ」
「うげっ」
ルティは苦虫を噛み潰したように顔をしかめるが、アキルスの言葉に彼の周りにいた女子生徒だけではなく、聞き耳を立てていた男子生徒まで大きく頷く。
「あれは衝撃的だった」
「その影響を受けて、体術の授業人数が増えたんだよな?」
思わぬ余波にルティが頭を抱えていると、アキルスは笑みを深める。
「まあ一番はルティの純真さに惹かれたんだろうけどね」
えっ、と顔を上げたときだった。
「君、なかなかわかっているじゃないか」
その声はルティの背後から聞こえた。振り向かなくても声の主がわかる。
「リーデロウェルさん、なんで戻ってきたのですか?」
顔だけ振り向くと、案の定レイスがいた。彼は「ちょっとね」と言って、ルティの肩に手を置いてにこにこしている。
(もしかして追加の魔力補給?)
きっと彼のことだから防衛術のときみたいに、みんなに飛行術の見本を頼まれてしまったのかもしれない。
ルティはわざとらしくため息をつくと、余計なことをして振り回さないでほしいと意味を込めてレイスの手の甲をつねる。
「まったく、早く更衣室に行って授業の準備をしたらどうですか?」
「いたたたたた、忘れ物をしただけだって」
「忘れ物? ここに?」
ルティが首を傾げると、彼はルティの手になにかを握らせた。ゆっくりと手のひらを開くと可愛いレース編みの包みがあった。
「これ、王都で流行りのキャンディーなんだ。君
(ふえ⁉ 君
ルティが身を硬直させると、レイスはルティの耳元に唇を寄せ「あとで覚えていろよ」とささやいた。
(……っ!)
カッと頬に熱を帯び、両耳を手で押さえる。思わずレイスをにらみつけると、彼は平然として手を振りながら去っていく。
「キャ――――いまのなに――――‼」
教室中に黄色い声が上がるが、女子生徒の悲鳴よりも、男子生徒の「ウオォォ‼」という野太い声のほうが響き渡った。
「おれレイス君に惚れちゃったかも――――⁉」
その証拠に、アキルスも乙女の顔で胸元を押さえながら叫んでいた。
一方で、ルティはぐっと唇を噛みしめる。
(ウア――――――――――――――――――――――――――――‼)
エルトナー家の稽古部屋でいますぐ叫びたい気持ちを必死に押しとどめる。
とんでもない思わせぶり男だ。このままではレイスの呪いが解かれる前に、ルティのほうが心労によって倒れてしまうかもしれない。
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