第一章 『期待』
それから約一か月後。
(ついに来た!)
ルティはダルク王国の王都にある中央駅を訪れていた。
天井のガラス細工から差し込む柔らかな光が、まどろみから目覚めた改札口前の空間を照らす。早朝というのに多くの人が行き交い、拡声魔法によって発車時刻の知らせが響く。
ロシュフォード王立魔法学校は王都の郊外にあるため、ここから魔法式路面列車に乗り込み、さらに馬車で森の中を進まなければならない。
(ええっと、学校に着いたらお昼までに入寮手続きをして、夕方から入学式だっけ……? 意外と忙しいな)
地方から来る生徒のほとんどが前日に宿場に泊まって時間を調整する。だがルティはぎりぎりまで家族といることを選び夜行列車でここまで来た。
(紫色に染まる朝焼けが綺麗だったし、幸先がよさそう!)
大きなトランクを揺らしながら歩いていると、ふと土産屋のガラス面に映る自分自身と目が合った。思わず足を止め、頬を赤くしてはにかむ。
チャコールのローブの隙間からのぞくのはシワひとつない白いシャツと黒いベスト、さらに膝が隠れるくらい長い黒いタイトスカートというシンプルな恰好だった。本年度の一年生の証である緑と黒のストライプのネクタイがアクセントになってかなり大人っぽい。
(わたしが着れば幼く見られちゃうんだろうけど)
ついこのあいだ十五歳を迎えたため、大人の女性らしさを出すために黒タイツと厚底の靴を合わせてみたが、効果はまだまだなさそうだ。
(あ、時間!)
初っ端から遅刻をするわけにはいかない。ルティは薄い唇を動かす。
『風よ、我を導け』
呪文を唱えると、目の前の空間に淡い緑色の光の線がくるりと円を描いた。そして、キラキラと輝きながら『こっちだよ』と言わんばかりに飛んでいく。
この世界は魔力の源であるマナであふれている。普段は人の目に見えないため、魔法を使うときは頭の中で呪文の内容をしっかりイメージしなければならない。
ルティは淡い緑色の光を追って、ここから一番近い駅の出入り口をくぐる。その先は石造りの街並みが放射状に広がり、遠くには汚れひとつない真っ白な時計塔も見えた。
(あれかな?)
とある停留所前に、ルティと同じようにローブと制服を着た少年少女が列をつくっていた。すると淡い緑色の光は役目を終えるように、空に溶けて見えなくなった。
(すっごい。ここに並んでいる人たちがみんな新入生なんだ)
少し待っていると二両編成の魔法式路面列車が来た。これだけの人数が一度に乗れるか心配だったが、空間の拡張魔法がほどこされているようで列車内はまだまだ余裕があった。
ルティはちらりと周囲の様子をうかがう。誰もが各地から移動してきているはずだが、疲れを見せず高揚感に満ちた表情をしていた。知り合い同士もいるようで、どの授業を選択しようか話が盛り上がっている。
(いいなあ。会話に混ざりたいなあ。でもどうやって声をかけよう)
故郷にいたときは家族の知り合いに声をかけてもらう機会のほうが多かったため、会話のきっかけがわからなかった。
何度か喉奥から声を絞り出そうとするが、吐息がこぼれるだけで、路面列車から馬車に乗り換えても機会がつかめなかった。
(……次に目が合った人に挨拶からしてみよう。それなら気軽にできそうだし)
ルティはゆっくりと顔を上げる。深々とした森の遠くのほうに尖塔が見えた。
ロシュフォード王立魔法学校は四年制の王国最大の名門校で、数百年前に築かれた古城をもとに、いろんな国の技術を取り入れながら増築を繰り返している。ただ占い学的には滅茶苦茶な建て方らしく、よくないものを呼び寄せやすいとも言われていて、人が行方不明になったり、体の一部分を失くしたこともあったそうだ。
それゆえ家族からはかなり心配された。
『いいこと、ルティ。相手が幽霊だろうと人間だろうと関係ない。姉さんが教えた相手よりも速く動く方法を覚えているわね』
『そうよ、身の危険を感じたら容赦なく叩き込んでやりなさい。相手がいいところのお子さんだろうと母さんと父さんがなんとかするわ。ねえ、あなた』
『ああ、そうだな』
そして『トラ兄』こと第二子のトラヴィスはロシュフォード王立魔法学校の卒業生だったため、余計に念押しする。
『お前は可愛いんだから、近寄ってくる男には気をつけるんだぞ。特に今年の一年生にはあの英雄もいるし、第三王子もいるし。それに若い教師なんてもってのほかだ。なにかあったら兄さんたちに報告するんだぞ。いいな』
『はあい』
途中から怪奇現象に関係ない話にすり替わっていたため、あのときは深く考えずに返事をしたが、ルティは改めて緊張した面持ちで唇を引き結ぶ。
(そっか、学校に行けばあの子に会えるんだ)
脳裏に描いたのは、三年前に竜に立ち向かった少年の姿だ。
彼は竜を退けることに成功し、この国の英雄となっていた。そんな彼は偶然にもルティと同い年であり、ロシュフォード王立魔法学校に入学することが決まっていた。
(わたしのこと、覚えているかな?)
生意気な少年だったが、彼と交わした言葉や、星の砂をちりばめたような銀髪はいまも忘れられない。
再会できたらぜひ友だちになりたい。そんな淡い期待を胸に抱いていると、馬車が停まった。
「一年生の皆さんはこのまま真っすぐ進んで入寮手続きをしてくださーい!」
二年生の証である青と黒のネクタイをした女子生徒の案内に沿って道を進む。どこを見ても目新しいのできょろきょろしつつ、緩やかな階段を上っていくと、ミントグリーンの屋根が特徴の寮が現れる。
寮は男子棟と女子棟にわかれており、食堂も完備されている。部屋は基本的に二人一組で割り振られ、部屋替えは滅多に行われない。つまり同室になった子とは四年間の付き合いとなる。
(仲良くなれるといいな)
そう思いながら歩いていると、寮の敷地前に人だかりができていた。入寮手続きの列にしてはずいぶんと乱れている。
「こら! 一年、しっかり並べ!」
上級生は声を張り上げるが、視線は人だかりのほうへ向けられていた。
ルティも人だかりに近付いてみるが、厚底の靴を履いていてもその中央になにがあるのか見えない。すると手前にいた生徒が黄色い声を上げる。
「ねえあの銀髪の人ってさ、レイス・リーデロウェルだよね?」
「じゃあ隣にいるエキゾチックな容姿の人がジェラルド王子⁉ 初めて見たんだけど超イケメンじゃん」
レイス、という言葉に、ルティは弾かれたように背伸びをする。そのまま左右に揺れたり、思い切って飛び跳ねてみるが、人の壁が高くて彼らの姿は見えない。
(ねえ、レイス。そこにいるの?)
膝にぐっと力を入れ、再び飛ぶ。
そのとき、人だかりの列が急に乱れた。
ルティが咄嗟に真後ろに着地すると、ドンッと誰かとぶつかってしまう。
「ごめんなさい! 怪我はないですか?」
「ええ、あたしは大丈夫よ」
ルティは振り返ってから、ぽかんと口を開ける。
(一年生……だよね?)
自信がないのは、彼女が目鼻立ちを強調させるような派手な化粧をし、制服を着崩していたからだ。
襟元は第二ボタンまで開け、一年生の証である緑と黒のネクタイは緩く巻かれており、ローブとベストは身につけていなかった。足元はルティと同じ黒タイツだったが、もともと身長が高いのにピンヒールの靴を履いている。
さらに驚いたのは毛先を無造作に切りっぱなしにした肩までの黒紫色の髪から見える、両耳に付けられたピアスの数々。
そこに立っていたのは個性的な恰好をした少女だった。
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