第5話餓鬼 part2
久世先生の下をお暇して、直ぐに大学に戻り中野教授を訪ねた。
「中野教授、平田です。よろしいですか?」
「おお、平田君、待っていたよ。壺はどうなったんだい?」
「あれは久世先生が新たに封印を施しました。先生のお宅にある他の荒魂と同じように、時間をかけて浄化していく予定です」
「久世の封印術かぁ……僕も是非、お近づきになりたいんだけど」
「ダメです。オレは絶対に紹介しませんよ」
「そんなぁ。そこを何とか、頼むよぉ」
「お断りします。そんな事より、あの箱にはもう1つ封印具が入っていませんでしたか?」
「もう1つ?」
「はい。あの箱は封印具を2つ入れて、お互いの気を食らい合うように作られていました」
「2つ……もしかして……」
「何か知っているんですか?」
「元々、あの箱は静岡にある旧家の蔵から出てきた物なんだ。何代か前に坊さんが尋ねてきて、仏壇の中に悪いモノが封じられているから祓ってやると言ってきたらしい」
「坊さんですか」
「ああ、そして仏壇から壺を引っ張り出すと、自分で持っていた壺と合わせて箱に詰めたそうだ」
「放っておけば時間をかけて浄化出来たはすなのに……もしかして自分で持っていた封印具を持て余してそんな事をしでかしたのか?」
「坊主は箱を開けないように言い渡して姿を消したらしい。その際に家の者は、金を請求されるでも無く、実際に仏壇から妖しげな壺が出てきた事から、徳の高い高僧だったと思ったそうだよ。そして言いつけ通り、決して箱を開けないように蔵の奥へしまって、家主以外には存在自体を忘れるように仕向けたらしい」
「とんだ高僧ですね。持ち帰って然るべき場所に預けるなりすれば良いのに……」
「元々、寺や神社にはそういった物が持ち込まれ易いんだ。しかも檀家からの持ち込みであれば、当然ながら断れない。しかも、大手を振って人に預けるのも、自分の手に余ると言っているのと同義であり外聞が悪い。結果、こうした事が起こるんだ」
「教授の言ってる事は理解出来ますが、僕は到底、納得は出来ません」
「それはそうだろう。私だって良いことだと思っている訳じゃない。ただ人の世では度々起こる事であるのは事実だよ。それよりも、その箱を預かる時に聞いたんだが、そもそも当主自体、箱の事は忘れてたいたそうなんだ。しかし、ある時を境に夜になるとニワトリや野菜を食い荒らされる被害が頻発し、不審に思ったのが始まりらしい。最初は猫や猪の仕業かと思っていたが、罠を張っても何もかからない。しかし、どんどんと被害が大きくてなっていく……困った家主はとうとうある晩、自ら見張りをしたそうだ。すると夜の闇から湧き出るように何かが現れ、敷地内の物を手当たり次第に食い荒らし始めたと言う。これは自分の手に余ると思い懇意にしている寺に相談した所、巡り巡って私の所に話がやって来た。そして私が直接、現地に赴き興味深い話と箱を手に入れたと言うのが今回の全容だよ」
「その話が事実なら、もう1つは既に封印を破ってしまった可能性が高い……話を聞いた時に最近、身近な人がいなくなったとは聞きませんでしたか?」
「残念だけど聞いたよ……問題が起こり出す少し前に家主の弟が失踪したそうだ」
「それは……もう確定ですね。あらん限りのモノを食い漁る。妖は恐らく餓鬼でしょう。飢えて死んだ者の無念が集まり、御霊となって妖へと至ったモノです」
「平田君、かかる費用は僕が負担する。その妖を調伏してはもらえないだろうか?」
「教授が負担を? 何故ですか?」
「僕には妖は見えないが、魔学の研究者であり専門家だ。その専門家を頼って連絡をくれたのに、僕は喜んで箱を持ち帰っただけで、正体はおろか危険性さえ指摘できなかった。餓鬼と言えば何でも食らう悪食の子鬼だ。箱を貰ったのが昨日の昼、急げばまだ間に合うと信じたい」
「分かりました。僕もここで知らんふりをするのは寝覚めが悪いです。教授の依頼を受けさせてもらいます」
「ありがとう、平田君。それと現地には僕も同行する。これは好奇心だけじゃない、僕の責任でもある」
「……好奇心はあるんですね」
「それは当然だよ。妖と平田家の若き跡取りの戦い!これは見物だよ!」
教授の言う事は本心なのだろう。好奇心を隠すこともせず、楽しそうに鞄へ荷物を詰め込み始めた。
「清よ、妖退治はかまわぬが、この変人は足手纏いではないのか?」
「まぁ、それはそうなんだけどな。教授の想いみたいな物に協力したいのも本当なんだ」
「なるほど、コヤツの心意気に打たれたと言う訳か。ならば結構。カカカ、旅は道連れ世は情けであるな」
夜叉の言う事は、適当ではあるが芯を突いているのだろう。不思議とスンナリと心に入ってくる。
「平田君、今のは君に憑いている御霊と話したんだろう?」
加藤に次いで、中野教授にも同じ事を言われてしまった。
改めて自分の式だと説明して誤解を解こうとするが、今の魔学にオレの状態を説明する記述が無い。
結果、オレに憑いてはいるものの、しっかりとした自我があり人と変わらない御霊であると説明しておいた。
それを聞いた教授は非常にいい笑顔で頷くと、夜叉と話す術がないかを行きの汽車の中で過去の文献から探している。
その姿は真剣であり、心の底から夜叉と話したいのが伝わってきた。
中野教授の行動は一見すると理解しかねる物が多いのは事実であるが、その心根は真っ直ぐで好感の持てるものである。
願わくば、部屋の悪趣味さだけでも治して貰えれば……そう思わずにはいられなかった。
汽車が目的地である静岡駅に到着し、中野教授と目的の旧家に辿り着いた頃には、陽は傾き夜の気配が辺りを支配し始めていた。
「ごめんください、昨日 伺った中野です。どなたかみえませんか?」
中野教授の声で奥から家主が恐る恐る顔を出してくる。
「アナタは昨日の……」
「はい。昨日の件で重大な事が起こっている事が分かりました。お話だけでも聞いてはもらえませんか?」
家主は酷く怯えながらも家の中へ招き入れてくれた。
居間に通され茶を淹れてもらったが、不思議な事に全て家主が行っている。
他の家族はどうしたのだろうか? 中野教授の話では奥さんと子供がいると言っていたのに。
「それで重大な件とは何でしょうか。そろそろ夜がくる……私も早々にこの屋敷から逃げたいのですが」
「はい。実は昨日 預からせて頂いたものですが…………」
中野教授は今日の昼から起こった事、分かった事を丁寧に家主へと説明していった。
「そ、それじゃあ、全部あの箱が原因だったって事なのか!?」
「はい。恐らくは片方の壺の封印が解けた事で、御霊が弟殿の体を奪って妖に変化したのだと思います」
「なんてことだ。じゃあ、喜助はもう……」
「心中お察しします。しかし、このまま放っておけば妖の被害は確実に広がるはずです。どうか討伐に協力しては頂けませんか?」
「……私に何をしろと言うんだ」
「この屋敷での妖の調伏の許可と早急な退去、それに家屋が壊れる可能性がありますので、その許可を頂きたい」
「もう妻や子供は近くの親戚の家に預けた。どの道、妖なんて物がいるのなら、ここにこのまま住むわけにはいかないのだろう……全てお任せする。但し、私も立ち会わせてほしい。ほ、本当に喜助が妖になったと言うのなら、兄の私が看取ってやらないとあまりにも不憫だ……」
「平田君、家主はこうおっしゃってるが、どうだろうか?」
「分かりました。ただ幾つか条件があります。絶対に僕の指示に従ってください。それと体に呪印を書かせて頂きます」
「分かった。全て君の指示に従おう」
「では早速 ここ最近に起こった怪異を全て正直に教えてください」
「ああ。そこの教授さんにも昨日 話したが、事の起こりは…………」
家主からの話は中野教授から聞いた話と概ね同じだった。追加として聞けた事は、江戸の時代 この家はこの辺りの庄屋の家系だったそうだ。
そして、この大正の世と違い、過去には度々 飢饉があり餓死する者も少なく無かったのだとか。
「御先祖様は慈悲深い方だったと聞いています。現に私も家督を継ぐ際には、『蔵には村人の分の米の備蓄を欠かすな』と教えられましたから」
「そうですか。それでもきっと人死には出てしまったのでしょうね」
「全ての者を次の春まで生かす事は出来なかったでしょう。恐らくは選ばれた者と選ばれなかった者がいたはずです。選ばれなかった者は……」
「そうした者の無念が御霊に至った。妖にまで至らなかったのはきっとご先祖様が村人を大切にして、早めに異変に気付けたからでしょうね」
「今はそうであったなら良かったと思います」
「分かりました。僕に出来る限りの事はさせてもらいます」
こうしてオレは恐らく餓鬼であろう妖を調伏すべく、動き出したのだった。
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