第4話餓鬼 part1






母校であり神道系の大学の中庭を歩いていると、どこからかオレを呼ぶ声が聞こえてきた。


「おーい、清」


嫌な予感を感じつつも自分の名前を呼ばれた方へ向き直る。そこには同じ寮生であり、更に同郷でもある、加藤三郎が手を振りながら走ってくる姿が目に入った。


「どうしたんだ? そんなに走って」

「中野教授がお前を呼んで来いって五月蠅くてさ」


加藤が言う中野教授とは、オレが専攻している魔学の中でも特に妖の調伏を専門にしている数少ない研究者だ。

しかし、本人には妖を調伏する能力は無く、しばしば妖の研究と言う名目で、何故かオレがアチコチ連れ回されているのである。


「げっ、『面倒事の中野』が呼んでるとか……スマン、オレは見つけられなかった事にしてくれ!」

「待てよ、それだとオレが怒られるだろ」


「そこはほら、オレとお前の仲と言うか。そう言う訳で見逃してくれ、頼む」

「何がそう言う訳なんだよ。サッサと行くぞ」


2人でギャーギャー言い争っていると、オレの式である夜叉が口を開いた。


「清、良いではないか。この男にも立場があるのだろう?」

「それはそうかもしれないけど」


「男は黙って成すべきを成す。それが粋と言うものだ」

「お前が粋を語るのかよ……分かった、分かりました。行きます、行けば良いんだろ」


「カカカ、清も少しは粋な男になったではないか」


ハァ、しょうがないか……加藤は何とも言えない顔でオレと夜叉がいる辺りを見回している。


「今、話してたのは、お前に取り憑いてる御霊(みたま)だよな?」

「取り憑かれてる訳じゃ無いぞ。オレの式だ」


「式だろうが御霊は御霊だろ?」

「そりゃそうだが……夜叉はお前が困っているから、オレに教授の下に行けって言ってるんだぞ。礼を言っても良いぐらいだ」


「礼か……何となく気配は感じるけど、オレには見えないからな」


加藤の言うように御霊である夜叉は、気の技術が無いと見ることは出来ない。

学生である加藤はまだ御霊を見るだけの気の技術が無いのだ。


まぁ、技術を学んだとしても、中野教授のように扱える気の量によっては見えない事も多いのではあるのだが。






結局、オレは加藤と夜叉の双方から言われて、仕方なく中野教授がいる研究室へと向かっていく。

中野教授の研究室は部屋の外まで妖しげな御札が張られており、可笑しな模様も描かれている。学生からはお化け屋敷と呼ばれていて、用事の無い者が近づく事は無い、この大学の禁足地でもあるのだ。


今回はそのお化け屋敷で一体何をやらされるのか……暗い気持ちで扉越しに声をかけた。


「中野教授、平田です。加藤に呼ばれて伺いました」

「待ってたよ、鍵はかかってないから入って入って」


「では失礼します」


オレを売った当の加藤は何時の間にかいなくなっており、オレは1人で研究室の中へと足を踏み入れた。

外の様子も大概なら部屋の中は更に酷い。妖しげな置物や呪われそうな人形が所狭しと並んでいる。


「どうだい? 僕の自慢のコレクション達は。どれも曰く付きの物ばかりだよ」


御霊や妖が見えるオレですら、こんな部屋には住みたくない。

何というか気味が悪いのである。


カエルの串刺しや小動物の体の中が見える剥製。本物か分からないが人の手らしきミイラ……全てが悪趣味と言う言葉を体現しているのだ。

この趣味の悪さが中野教授に会いたく無い理由の1つであり、加藤が消えた理由でもある。


「ちょっとオレには価値が分かりません。ははは……」

「残念だ。平田君なら理解してくれると思ったんだけど」


申し訳有りませんが、オレは死ぬまでこの部屋を理解したくありません。


「そんな事よりこれを見て欲しかったんだ」


そう言って中野教授は、嬉しそうに机の上に置いてあった箱を開け始めた。

その瞬間、強烈な悪寒が箱の中から広がっていく……これは他の物とは明らかに違う。


そして教授が大事そうに箱の中から取り出した物は、親指ほどの大きさの壺だった。


「中野教授! 直ぐに戻して! 早く!」


オレのあまりの剣幕に中野教授は驚きながらも直ぐに壺を箱に戻していく。

完全に戻した所でオレはゆっくりと口を開いた。


「これは恐らく封印具です。久世先生の書く呪印とは違いますが、面影がある。何代か前の物か……同系統の物でしょう」

「封印具って事は、中には荒魂が入っているのかい?」


「和魂(にぎみたま)かもしれませんが、たぶん荒魂(あらみたま)です。しかもかなり大きい。恐らくは封印が解けると同時に妖になると思います」

「え? 御霊が妖になる瞬間に立ち会える?!」


「これはオレが預かります。久世先生の所に持って行って他の封印具と一緒に時間をかけて浄化します」

「ちょっと待ってくれ。これがあれば御霊が妖になる瞬間が見られるって事だろ?」


「教授、封印を解けば御霊は一番近い人間を襲うでしょう。それは教授の魂が食われて、体が異形の妖になるって事です」


オレの言葉に中野教授は暫く何かを考えていたが、最後には肩を落として消え入りそうな声で囁いた。


「……分かったよ。持って行ってくれ」


こうしてオレは一人、久世先生の下へと向かっていく事になってしまった。何故1人かって? 中野教授は一緒に行きたそうにしていたが、この人は絶対に久世先生に迷惑をかける。

であれば尊敬する先生の下へは連れて行きたくないので、断固として断らせてもらった。






「それにしてもさっきの男は命知らずだのぉ」

「中野教授の事なら変人で通ってるからな」


「変人か、言い得て妙であるな」

「教授は自分が研究してきた妖や御霊と言う存在を、実際に見たくて仕方が無いんだ。でも、扱える気の量が少なくてどうしても見る事が出来ない。せめて身近に感じたくて妖しい物を集めてるって以前の授業で熱心に語っていたな」


「妖と寄り添いたい者か……」

「ああ、それが行き過ぎて周りからは変人扱いだ」


「カカカ。そんな男が一人ぐらいいた方が面白いと言うものよ。御霊が見えるようになったら是非、語り合いたいものだのぅ」


夜叉の楽しそうな笑い声を聞きながら、久世先生の下へと急ぐのであった。


「ごめんください、平田です。久世先生はお見えですか?」

「平田君かい?  開いてるから入ってくれ」


「はい、お邪魔します」


久世先生の下に伺うと、早速、先程の封印具を見せて見解を聞いてみた。


「どうでしょうか。オレには同系統の業に見えますが」

「恐らくこれは一条の物だね」


「一条? ですか」

「一条は旅をしながら妖を調伏する事を生業にしてきた一族だ。旅先で御霊や妖を封印具に封じると、その家の神棚や仏壇に封印具を仕込んでいく」


「妖をその家に置いていくんですか? 何か中途半端な感じがします」

「一条は旅の者だからね。時間をかけて調伏する封印具を持っての旅は難しい。それに途中で事故にでも会えば封印した妖を野に放ってしまう。その点、神棚や仏壇に仕込んでおけば代々行われる子孫の祈りによって、確実に調伏できると言うものだ」


「なるほど。親父が封印術を”どんなに時間をかけてでも絶対に妖を調伏する執念の業”と言っていた意味が分かる気がします」

「ただ今回の物はそれが伝わっていなかったか、若しくは意図的に抜き取られたか……」


「抜き取られた?」

「実は神棚や仏壇に封印具を仕込まれるのを嫌う人が少なからずいるんだ。特に仏壇は先祖が住んでおり、将来は自分が入ると言われている場所だからね」


「なるほど。それで仕込まれている封印具を後から抜き取ってしまうのですか……」

「ああ、その証拠に壺は一条の物だが、それを治めていた箱は違う系統の術具だよ」


「箱は一条の物では無い……」

「しかも悪い事にこの箱には封印具が2つ入っていたみたいだね。ここを見てごらん。もう1つ封印具を入れる場所がある」


「あ、本当だ。気が付かなかった」

「恐らくは漏れ出る妖同士の気を、お互いが食らい合うようにしてあったんだろう。蟲毒に使われる呪法に似ている」


「先生、ではこの1つになった封印具では放っておけば封印を破られると言う事ですか?」

「放っておけばそうなるね。この一条の呪印は周りの気を吸収して封印を維持するように施されているが、妖の気を吸収し続けて呪印自体が壊れかけている」


「違う系統の業を適当に使ったせい……自業自得ですか……」

「平田君、これと自分を一緒にしちゃぁいけないよ。君はしっかりと私の封印術とお父上から式術を習っている。理屈も分からず使っている輩とは根本的に違うんだ」


「はい、先生……」

「うん、分かってくれればそれで良い。それじゃあ、この御霊は新たに封印し直そうか」


先生はそう言いながら棚の中から同じような壺を取り出すと、壺に直接呪印を書いていく。


「コイツはちょっと大物だからね。念のため封印具にも呪印を書いておくよ。よし、出来た。後は札にも呪印を書いてっと……」


あっという間に全ての準備を終わらせた先生は、一条の封印具をオレに渡してきた。


「平田君、危険な役目だが、この封印を解いて10秒だけ御霊の浸食に耐えて欲しい。頼めないだろうか?」


久世先生の真剣な顔を見て「元々、この封印具を持って来たのは僕です。そんな事を言うのは止めてください!」そう答えるのがやっとだった。


オレは左手に封印具を持ち、右手で呪印が書かれた札ごと封印具のフタを掴むと久世先生に向かって口を開く。


「行きます!」


オレの言葉に久世先生が頷くのを確認すると、勢いのままフタをこじ開けた。

その瞬間、封印具の中から御霊が飛び出してきてオレの魂を食らおうと纏わりついてくる。


オレは気を高めながら祝詞を唱え、御霊の浸食に耐え続けていると、何時の間にか御霊は久世先生の持つ封印具の中へと吸い込まれていった。


「ふぅ……どうですか?」

「もう大丈夫だ、平田君。ありがとう」


久世先生と話していると夜叉が横から口を挟んでくる。


「この男は相変わらず大した腕であるな。しっかりとは覚えてはおらんが、その業を見ると尻がムズムズとするわい」

「夜叉! 久世先生に失礼だろ」

「いや、良いよ。私も色々と妖や御霊と対してきたが、ここまで明確に会話が出来る御霊は始めてだ。それに夜叉の名が伝え聞く物ならば、仏法の八部衆に当たる護法善神で敬いこそすれ滅するなんて恐れ多い」


「先生、たまたま同じ名なだけで夜叉王とは関係無いと思うのですが……」


オレの言葉に言われた当人である夜叉は知らん顔を決め込み、久世先生はオレと夜叉を見て薄く笑っている。

何とも言えないピリついた空気に、オレは逃げるように先生の家を後にしたのだった。



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