第61話(残り3話) 渾身の一撃
「下がっていろグレイド。ここは我が狩りの場だ!」
あくまでレオは俺の介入を許さない。猛り狂うハルバードが、一瞬だがイサックの首を切り裂いたように見えた。
しかし、狡猾な次男は簡単には倒されない。テレポートの魔法を使用し窮地を脱すると、今度はレオの背後に姿を現した。
「そこか!」
「遅いね」
イサックのエアーセイバーが放たれるまで一秒とかからない。ほとんど詠唱なしで放っているようだ。
レオはハルバードに埋め込まれた黄金の魔石を輝かせ、垂直に振り下ろす。すると水平に迫る風の刃ですら霧のように消し去られてしまう。
「無駄だイサック。お前が俺に勝ったことがあったか」
「勝負では負けても、殺し合いなら勝つ自信がある」
「ほざけ!」
イサックは両手で円を形づくり、それを胸の前に出した。手の間から金色の何かが浮かび上がり、レオはすぐに横に駆け出した。
線状になった光の束が真っ直ぐに長兄を襲い、そのまま彼を追いかけるように次男は体ごと向きを変えていった。レーザーは放たれ続け、向けられた者は逃げ続ける。
これはさっきのレオの技ではどうしようもない。だから逃げつつチャンスをうかがっている。しかしレーザーは無情にも彼に追いつこうとしていた。
「舐めるな!」
だがレオは屈しない。このまま屋上から飛び降りてしまうような状況に映ったのだが、ダンジョンは決められた出口からしか脱出はできないのだ。
空のように思えた透明な壁を蹴り、三角飛びの要領でイサックの頭上へと向かう。
ぼうっとした顔の次男に、長男は渾身の大上段からの一撃を放った。真っ二つにされるはずの顔が、寸前で消え失せる。ハルバードがダンジョンとかした床を切り裂いた。
イサックは何か思うところがあったのか、俺のすぐ隣にテレポートしてきた。
「暇そうだね」
「二人でやれば勝てるのだが、兄上の命には従わなくてはな」
「それは違うよ。君達二人は、初めから僕には勝てないのさ」
「ほう……」
どうしてそんなことが言えるのか。何か切り札でもあるっていうのか。心の中でいくつも考えたが、決して口には出さない。ここで本人に問いかけるのは、なんとなく雰囲気を壊しそうだった。
「そろそろ貴様の魔力も尽きてくる頃ではないか。マジックポーションは持っているのか」
「僕は持ってないよ」
「ほう、それは大変だな」
レオは満足げにうなづき、隠し持っていたマジックポーションをがぶ飲みした。確かにテレポートは使用する魔力量がかなり高かったはず。このままでは魔力切れを起こすのも時間の問題だ。
それはイサック本人が痛いほど分かっているはずなのに、なぜか涼しい顔を絶やさない。
長い前髪を揺らしつつ、イサックは散歩のように気軽に前へ出た。一方のレオは全身から魔力を発し、黄金の魔石が眩しいほどに輝く。ハルバードは金色の使いへと変貌を遂げ、切っ先は獲物に狙いを定める。
「降伏せよ。お前に勝ちはもうない」
「寝言は寝てからいいなよ、馬鹿な兄上」
「……良かろう。その言葉をお前の遺言とする!」
傲慢にも他者の遺言を決め、レオは勝利に向かって走る。全力の兄の一撃を、弟はまたテレポートでかわすつもりだろうか。しかし、背後にいる俺には見えた。後ろ手に隠したナイフの輝きが。
イサックは功を焦ったのだろうか。まだレオが至近距離にも届かないうちにナイフを投げつけた。これには苦笑せんばかりになったレオが軽く弾き、そのまま距離を詰めようとする。
「ブラスト」
「ふん!」
今度は爆風魔法を放ったが、レオは構うことなく突撃してくる。
とうとう射程距離に入り、ハルバードが喉元を突くタイミングでテレポートが発動。しかし読んでいたレオはそのまま武器を振り回し、全身から放った衝撃波で残された煙を片付けると、ちょうど前に現れたイサックへと追撃をする。
だが、ここでもまだテレポートにより避けられてしまった。元の位置よりすぐ後ろにイサックが現れる。
「終わりだ! イサック!」
獰猛な袈裟懸けが襲いかかるが、三度目のテレポートが発動。今度はレオのすぐ後ろだった。
しかし、それは既に読まれていたらしい。イサックがテレポートで姿を表す前から、レオは思いきり背後へ攻撃するために振りかぶっていた。
直撃すれば間違いなく胴体を切断するに違いない。遠目に見ていた俺でさえ確信してしまうほど、必殺の一撃という言葉が似合うハルバードの一振り。読み切られていた最高のタイミングで、イサックは姿を現した。
このタイミングでもう一度テレポートを使用するのは不可能だった。彼の腹を中心として、上半身と下半身がお別れを告げる——はずだったのだが。
それは初めて聞く詠唱であり、短い呟きだった、
呑気にポケットに手を入れている姿勢のまま、イサックは変わり映えせず立っていた。反対に、まるで車に撥ねられたかのように勢いよくレオが吹き飛ぶ。
空にしか見えないダンジョンの壁に衝突し、長兄は無様にも床の上に頭から落下していった。苦悶の声を発したが、そのまま起き上がることはできない。
もしエタソの知識がなかったなら、俺は奴が使った魔法を見抜くことはできなかった。
「アタックリフレクションか……」
「あれ? 知ってたんだ」
くるっと軽やかに振り返る兄に、俺はうんざりした顔をむけていたと思う。
物理攻撃をそのまま返す魔法であり、魔力が込められていたとはいえ物理的な攻撃に属するレオの一撃を、そのまま相手に返してしまったのだ。
「じゃあ、こっちも分かるよね?」
イサックは虹のような円にその体を包み込んだ。
「マジックバリアだな。つまり」
「そう……今の僕にはね。物理も魔法も通用しない。さあ、君の番だけど……どうする?」
無敵にでもなったと言わんばかりに、彼は得意げな笑みをこちらに向けた。
「サービスとして、一発だけなら魔法を受けてあげるよ」
「レオに止めを刺さないのか」
「分かるだろ? あんなのもういつでも殺せるんだって。お楽しみは後にとっておかなくちゃ」
ただ殺すつもりはないということか。イサックにとって、レオへの恨みは相当なものであるようだ。最大限の一撃が自分に返ってきた彼は、鎧もハルバードも粉々になって動けずにいる。
なかなかの作戦だったと思う。だが残念なことにこれは初見殺しだ。二度目は通じない。
「では、お言葉に甘えるとしようか。先制の一撃……それで終わらせる」
「へえ。大した自信だねえ。君の一年間の成果を見てあげよう」
俺は全身に漂う魔力を集中させ、右手に持った長剣に注いでいく。赤い宝石が禍々しい光を発し、剣身が少し振っただけで赤い残像を生み出す。
「あれ? それってどういうこと?」
イサックは首を傾げているようだった。知識という面において、彼はやはり俺に劣る。その差をこれから教えてやることにしよう。
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