第59話(残り5話) 二人の戦い
イサックは肩で息をしているようだった。
無理もない。ここまで激しい一撃を喰らったことなど、人生でそうはなかったはずだ。
「坊ちゃん! イサックの兄貴、な、何をしてるんですか!?」
サイクロプスに追いかけられながらも、カンタは必死にこちらを見て叫んでいた。どうやら現場を目撃したようだ。
「カンタ! イサックが裏切った。いや、こいつは初めから敵だった。以上だ!」
「え……ええ!? な、何言ってんのか分からねえっすよ!」
そうだよね。でも説明してる余裕ないから、なんとか理解してほしい。
「どうしたの!? おにーさま」
妹の問いかけに次男は笑った。乾いた声が室内に響き、異様な空気を膨張させる。
「ああ。初めから僕は、君達を殺すつもりだったのさ。グレイド、屋上で待ってる。決着をつけよう」
イサックは驚きとまどう二人をよそに、静かにその姿を消した。テレポートの魔法か。
「ミナ、魔物の相手は頼んだ」
「は、はい!」
完全に精細を欠いている二人は一旦置いておいて、とりあえず一番落ち着きがある人に戦況を一任する。この冷静さは評価できる。
「イサックは俺が追う。カンタ達は引き続き魔物の相手を頼む」
「そ……そん——うぉわっ!?」
カンタとメラニーを狂ったように狙うサイクロプスの棍棒。メラニーは焦ってはいるがまた詠唱を始めたようだ。
「待て……グレイド」
そんな時だった。ようやく地面に這いつくばっていたレオ兄さんが立ち上がり、ヨロつきながらもやってきたのだ。
「さっきの話は本当か。イサックが裏切ったと、お前は言ったな?」
どこまで聞いていたのか知らないが、とりあえず首肯した。
「はい。イサックは謀略を用いて学園をダンジョンに変えたのです。そして、恐らくは俺が追いかけてくるのを待っているはずです」
「……なぜだ。一体なぜ」
レオは俺に話しかけているのではなく、独語だったと思われる。俺は付き合っている暇はなかった。
「では、失礼」
「待て! 俺も行くぞ。行かねばならんのだ」
面倒なことになってきたかもしれないが、まあしょうがない。
「止めはしませんが、待ちもしません。ついてくるならご勝手に」
「ふん。言うようになったではないか」
不本意だと言わんばかりに口を尖らせる長兄レオ。不意打ちにやられている時点で頼りない感があるが、一人よりはマシか。
言うなり俺は駆け出した。誰にも遠慮をしない、できる限りの迅速さで。
◇
三階へと駆け上がった俺は、不意に奇妙な何かを感じた。目を凝らせば、うっすらとした緑色の刃が襲ってくる。
「また小細工か」
一笑するとエリン先生直伝のマジックバリアを展開させ、避けるまでもなく弾いた。背後から追っているレオも、これで直撃はしなくてすむだろう。
続いて光の矢が何本も飛んでくるのだが、これも無視。光魔法や聖魔法といった類の魔法には、それなりに正しい心根が必要になってくる。
今のやつにはそれがない。だから俺が魔法で生み出した壁を貫通するほどの威力にはならない。
「やっぱりこの程度じゃ無理か。ある意味では、面白くなってきたかもね」
廊下の向こう側にいたイサックはまたテレポートをした。何度もできるあたり、相当魔力は高いに違いない。
「おのれイサック! なぜ我を裏切るか。なぜ逃げるか!?」
背後から怒号が飛んだ。当の本人は答えてくれるのだろうか。
次の階段を登った先は屋上になる。古びた青白い階段を二段飛ばしで駆け上がった俺はそのままの勢いで扉を開け、広々とした空が見える場所へと到着した。
「あれ? 呼んでない人までいるじゃない。ダメだよグレイド、そう言うのは」
「俺が呼んだわけではない」
余裕の微笑を浮かべるイサック。彼の姿を信じられないという顔で見つめるレオだった。
「イサックよ。なぜだ? なぜ俺達の仲間に手をかけた。このダンジョンも、お前がやったのだな」
「ああ。僕がやった。理由は、あなたという存在の下にいるのがまっぴらだったし、一からやり直したかっただけなんだ」
「馬鹿な! ただそのためだけに、このような愚かな行為に走ったのか」
次男の物言いに、長男は納得できず叫ぶ。このやりとりは、はっきりいって意味がない。それはレオも分かっているだろう。でも聞かずにはいられない。信じたくないのだ。
イサックの目は、どこかが壊れてしまった人間の目だ。常人がいかに話し合いをしようとしても、分かりやすいように説明をしたとしても、結局のところ聞いちゃいないのである。
「僕じゃなくて、そこにいるシケた弟にやらせるつもりだったんですよ。でも、期待はずれでした。無能、無才、無益、無駄……グレイドという男は総称すれば虚無の貴公子、とでも言いましょうかね」
「確かにグレイドは下衆だが、貴様はその下衆より落ちたのだぞ!」
ねえ、二人とも酷くない!? 俺のこと何言ってもいいみたいな空気で喋ってるけど。
「無礼はやめていただきたいものだ。卑下しつつけた存在にことごとくを潰されたあなたはどうなるのか。分からない話ではあるまい」
「生意気な口を利くようになったね」
「あなたに敬意が必要かな?」
俺は右手に持った長剣をだらりと下げたまま、一歩一歩進んだ。ただ計算外なことに、ここで長兄が前に出て、悠然と駆け出した。
「もはや語ること叶わず。せめて我が手で滅びるが良い。イサック!」
「やれるものなら、やってみな」
イサックは魔法の詠唱を開始した。奴から余裕の笑みは消えていない。
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