第57話 一つ目の巨人
俺が確認した限りでは、学園ダンジョンの作りは完全に作中と同様だった。
……ということは、最後のボスが待ち構えているのは二階になるはず。これは生成型ダンジョンとしては珍しい。
とある歪な巨大フロアで、悪役貴族グレイドは悲惨な死を遂げてしまうわけだが、今回は俺が討つ側になっているという明確な違いがあった。
そして、どうやらこの奥にある部屋が戦いの舞台らしい。数匹の魔物を切り伏せた後、嫌々ながらも扉に手をかけようとした、その時だった。
「グレイド様!」
「あ! おにーさまー!」
「坊ちゃん!」
聞き慣れた声が背中に響いてくる。振り返ればミナとメラニー、カンタがこちらに駆けて来た。
「坊ちゃん! ご無事で!?」
「ああ。だが、つまらない余興にうんざりしていたところだ」
メラニーが脚にくっついてきた。
「お兄さま! メラニーも魔物いっぱいやっつけたよ。ねえ褒めて!」
「フッ……俺の妹なら、そのくらいできないとな」
キザな悪役らしい褒め方をしたつもりだけど、妹はお気に召さなかったらしい。ぶーっと不満ありありの膨れた顔になる。
思わず頭を撫でることでカバーする自分がいた。するとコロッと変わって笑顔になるから笑ってしまう。この非常事態でも、妹の可愛さは揺らがない。
「グレイドさま。この魔物が溢れている現象は、どうして起こっているのでしょうか」
不安げな顔をしたミナの手には、フォレスト鉱石製の片手剣が握られていた。ああカンタよ、勇者に大変な物を渡しちゃったね。それで俺に向かってこないことだけを祈りたいよ。
とりあえず目をすぐそこの扉に向けた。
「この奥にいけば、答えに会えるだろう。準備は良いか」
三人はそれぞれ異なるリアクションをしたが、気持ちは一緒だったと思う。まさかこのメンツで挑むことになるなんてなぁ。と意外な感慨に耽りつつ、静かに扉に手をかけた。
そして開かれた先には、どこぞの一室などというには到底収まりがつかない、巨大な荒地が広がっていた。
「わぁー! すっごい! ワープした?」
「あ、ありえねえ! どうなってやがんだ」
メラニーとカンタは分かりやすくビックリしていて、ミナはただ静かに震えたようだった。しかも、遠くから巨大な何かが近づいてくるのが分かる。重々しい足音と地鳴りが、加速度的に恐怖を膨らませていくようだ。
しかも、なんか四人くらい倒れている連中がいるんですけど。どれも見覚えがあるというか、長兄レオとその部下達だった。
「レ、レオの兄貴」
カンタは慌てて彼の元へと駆け寄った。騎士三名はいずれも絶命している。何かで深く切りつけられた跡があった。
「しんでるの?」
「騎士の皆さんは、もう脈がありません……」
脈を確認していたミナの声には怯えがあった。女性にこんな酷いものを見せてしまうようでは、紳士失格だな。まあ今回はしょうがないか。
「レオの兄貴は生きてます! でも、目を覚ましません」
どうやら兄は気を失っているだけらしい。まだ良かったというか、もしかしてパーティ会場から飛んできたのかな。すると、岩陰から一人の男がよろけつつ近づいてきた。
「グレイド……みんな、生きていたんだ……ね」
「あああ、イサック兄さん! どうしてここに!?」
倒れかかったイサック兄さんを、カンタはすぐに抱き止めた。
「胸騒ぎがしたんだよ。仕事は終わっているから、急いで駆けつけたらこのザマさ」
「おにーさまー!」
泣きそうな顔になった妹が、優しい兄に飛びついた。意外そうに目を見開いた彼は、戸惑った顔で妹の頭を撫でる。
「おやおや。ポーン家の兄弟が勢揃いしちゃったみたいだね。しかし、感傷に浸ってはいられないよ。奴がくる」
イサック兄さんは誰より俺に話しかけているようだ。恐らくはダンジョンの核を守るために存在しているボスが、もうすぐそこまで来ていると。
地鳴りが徐々に強くなってきて、灰色の世界にその影を現した。恐らく身長は八メートル以上はありそうだ。
やはり規格外にデカい。巨大な棍棒を持ち、薄汚い布一枚を体に巻き、一つだけの大きすぎる瞳がこちらを見下ろしていた。
「あ……あれは……サイクロプス……」
ミナが緊張しきった声を絞り出した。ギリシャ神話に登場する単眼の巨人であり、多くのゲームに登場する存在。
エタソでも初登場時はボスキャラクターとして現れ、その並外れた攻撃力と体力でプレイヤーに苦汁を舐めさせてきた。
ただ、サイクロプス単体はさほど脅威になり得ない。作中では悪役貴族グレイドと組むパターンがあるからこそ、厄介な敵だと認識されていた。
基本的には棍棒を主体とした物理攻撃押しで、動きはあまり速くない。慣れれば苦もなく戦える相手だが、バディとなるグレイドがチクチク邪魔をするから脅威だった。
それと、実はあの魔物の正式名称は合体サイクロプスという。
まったく神話の元ネタと違っているが、なんらかの魔物が合体している姿だ。エタソの世界は、そういう滅茶苦茶なことがたまにある。苦情はゲーム製作者までご連絡いただきたい。
「グレイド。奴は確かに強い。でも僕ら全員で協力して戦えば、きっと倒せると思う」
確信したかのようにイサック兄さんが言う。
「そうっすよ。これだけやってくれたんだから、きっちりやり返しましょう」
カンタはあれだけの巨体を見せつけられても戦意が衰えておらず、むしろ燃えているようでもあった。
「一旦戻って作戦を練りませんか。相当危険な相手と思われます」
ミナが戦術を練るべく提案してきた。メラニーはワクワクしている。俺は苦笑するしかない。
「逃げる必要はない。奴は守っていればいいだけだ。基本的に自分からは攻めてこない」
サイクロプスはすでにこちらの姿を確認している。いや、そもそもフロアに入った時から気づいていただろう。だが、積極的に攻める必要がないのだ。
無限にも思える部屋の中で魔法陣がいくつも生まれ、中から黒いライオンや赤い虎が姿を現す。こいつらが舌なめずりしながら近づいてきたので、カンタが勢いよく棍棒でぶっ飛ばし、ミナが片手剣で正確に急所を突いた。
「うおらぁ! でも坊ちゃん、このままじゃやられちまうっすよ」
俺は軽く笑った。何も心配などいらないと伝えるために。
「すぐに片付けるとしよう。俺に一つ案がある」
サイクロプスを攻略しつつ、全てに決着をつける時がきた。
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