第56話 どちらが悪役か

「あの時お前の長剣には魔石があった! だが僕にはなかった。だから負けたに過ぎない! 今度こそ対等な勝負だ!」


 いきなり何言ってんだ。

 気合いに満ちたゼールの発言に、俺は内心では首を傾げざるおえない。


 そもそも、魔石は武器にはめているだけでは効果を発揮できない。魔力を注ぐことで、初めて力が生じる。俺は武術大会の時に魔石を使ってはいないので、条件は対等だった。


 きっとこの男は、そう思うことで自我を支えているのかもしれない。


「ゼール、お前は本当に見苦しい男だ。それでも勇者の兄か」


 それにしても不快な事態だ。自分が所属しているクラスで、まさか殺し合いをすることになるなんて。


 外には魔物が溢れ出していた。早くダンジョンを消滅させなくちゃいけないのに、この男ときたら大剣を振り回してばかりだ。


 しかし、黒きフォレスト鉱石製の長剣は、並の大剣などものともしない。受けるもよし、かわすもよし。だが反撃は躊躇してしまう。


 今回のゼールは魔石がはめられた大剣を使用している。何かしらの特殊効果を隠している可能性はある。沈黙は金という言葉があるが、慎重もまた金であると俺は自らの辞書に書き加えている。


「僕が見苦しいだとぉ! よく言うなぁ。どうしようもない極悪貴族風情が!」

「今ではお前が悪党だろうに。違うのか?」

「なんだと?」


 教室の机という机が、奴が全力で振り回す大剣によって一時的に破壊されるが、すぐに元の位置に再生していた。戦うのが面倒になってきた俺は、机から机をジャンプしながら奴と剣を交えている。


「そうであろう? 自らの学舎をダンジョンに変えてしまうなど、正しい者の行いでは決してない。いや違うな。悪魔の所業だと言って良い」


 これは一つの仮定に過ぎなかった。だが興奮しまくっているゼールが元凶ならば、ここで口を滑らせるはず。どんなシナリオにもなかったことが起こっている以上、イレギュラーな存在を疑ってみる。あとで不敬だとか言われても知らん!


「ふざけるな! 校舎に細工をしたのはお前だろうが! ではあの手紙はなんだ!?」

「手紙? なんの話だ?」


 思いきり剣を振り下ろしてきたゼールの一撃は、教壇を真っ二つにした。終わらせようと思えばいつでもやれたが、奴の発言が気になりすぎる。


「今朝家のポストに届いていたぞ! 元々放課後、教室で待っていろと手紙に書いていたのはお前だ。決して邪魔が入らないようにしてやるから楽しみにしていろと、そう書いただろうが!」


 どういうことだ?

 そういえば俺やミナにも、送り主を偽った誰かからの手紙が届いていたっけ。


 まさか……誰かが邪魔な人間をここに集めたとでもいうのだろうか。


「ちょっと待て。俺は手紙など書いていない」

「嘘をつくな! やけに僕の心情を理解してやがっただろうが! あんな手紙を他の奴が書けるか!」

「お前に手紙など書かぬ。はっきり言って興味がない」

「なんだとお! 喰らえ!」


 横殴りに襲ってくる巨大な刃を、俺は紙一重で後ろに下がってかわした。話が通じないなまったく。


「俺達は誰かに嵌められたと言っている」

「嵌められただと!? だったらお前が犯人ではない証拠を見せろ」

「まずその物騒な剣をしまえ」

「ぐあ!」


 いうより早く、俺は奴が大剣を振り上げた瞬間に、後ろげりを腹に入れて吹き飛ばした。段差がいくつかある床を転がり落ちていき、ゼールは教壇近くで背中を強く打った。


「ないものを証明することは難しい。だが犯人を見つけ出すことはできる」

「な……んだと」

「手伝ってもらえるなら助かるが、そうでなければここでじっとしていろ。では、失礼」

「ま、待て!」


 待ってられるか。


 ようやく教室を出ると、血の匂いに釣られたのか虎やライオンが目をギラつかせて包囲していた。こいつらの相手程度ならいけそうだけど、あいつ俺の蹴りで息詰まってたし……しょうがないな。


「来るならさっさと来い。俺は小物に時間をかけてはいられん」


 言葉が理解できるわけではなかっただろうが、奴らは激怒して飛びかかってきた。くるりと体を回しつつ長剣を振るい、したたかに獣の首を飛ばす。


 数回ほど剣を持ちながら踊るように動き回っただけで、十匹をくだらない魔物達は肉の塊へと変わった。二、三度剣を振ってしたたる血を心持ち落とした後、俺は廊下を歩いて行こうとした。


「待った! 待ってくれ」


 ゼールの声がする。ちょっとうんざりしたので、ただ足を止めて続きを促した。


「すまない。僕はカッとし過ぎていたのかもしれない。確かに君がやったと判断するには早過ぎる」


 やっと理解してくれたか。


「それで?」

「僕も同行しよう。早くダンジョンを消滅させないと街が危ない」

「ああ、そうだな」


 ふと窓の外に視線を転じると、グラウンド辺りから大勢の魔物達が外に出ていく姿が視界に入った。もう王都はパニック状態に陥っているはずだ。


 しかし、ダンジョンの中より外に向けてのほうが魔物の放出が早い。国も対応は始めているだろうけど、やはりすぐには救出に来れないだろう。


 そして、望むべくもないゼールという相棒ができてしまった。まあいいか。味方がいないよりマシだと思っていると、廊下の両サイドから異常なまでの気配が漂ってきた。


 またしても黒き魔物の群れだったが、今度は奥の階段近くから勢いよく降りてきた。数にして三十匹以上はいる。


 緊迫した顔で大剣を構えるゼールに、俺はそっと囁いた。


「ゼール。先に教えておくが、あっちの階段はフェイクだ。恐らく正解は後ろの廊下を突っ切った先にある」

「そ、そうなのか! よし、じゃあ奴らを倒してから行こう」

「いや、ここは俺に任せて先に行け」

「な、何を言ってるんだ!?」


 獰猛なサーベルタイガーが飛び掛かってきたので、俺は一刀両断した。


「外の魔物を見ただろう。もう時間がない。それと話してなかったが、ミナもここにいるはずだ。武器も持たずにな」

「な……ほ、本当か!?」

「ああ。だから早く行け」


 これ以上ぐずぐずしてはいられないと判断したのか、ゼールはすぐに反対側に駆け出した。


「すまん! 僕以外に負けるなよ、グレイド!」

「まるでライバルみたいなセリフだな」


 ゼールが逃げているように見えたのか、様子見をしていた獣達は一斉に駆け出した。そして一匹残らず地獄への切符を手にしていく。


 実は俺は嘘をついていた。正面に見える階段こそが正解のルートであり、反対側は全く別の迷路に入ってしまう。


 だがそれでいい。奴はこの程度の魔物にはやられないだろうし、大剣を持った仲間がいても場所的にやりづらかった。せいぜい敵を引きつけてもらおう。


 俺は悠々と目的地に向けて進んでいく。まだ魔力はほとんど消費していない。


 それと、これはどうでもいい余談だけど、「ここは俺に任せて先に行け」って、一度でいいから言ってみたかったんだよね。


 快感というか、急に体に力が湧き上がってくるような感じがした。

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