第55話 それぞれの戦い

「わぁー! デッカい魔物がいっぱいだぁ」

「お嬢! とにかく一旦戻りますよ。出口探しましょう」


 あれから多くの魔物を棍棒で倒していたカンタは、小さな女の子に翻弄されていた。どうにか二階まで上がったかと思いきや三階にいて、そう考えているうちになぜかメラニーがやってきたからである。


 絶対にこんな危ない場所に小さな子供を連れていくるわけにはいかなかったのに。しかし、後悔してももう遅い。


 彼にはメラニーを守りながら戦う自信はなく、出口に戻ろうと階段を降りたのにまた三階に出てきてしまった。ループするダンジョンの仕組みなどは知りようもなかったのだ。


「やー。だってお兄さまがまだ戻ってないもん」

「坊ちゃんは、俺が命に変えても助け出します! だからとにかく戻らないと」

「でもぐるぐるしてるー」

「まあ、そうなんすけどね」


 どうしよう。カンタは真剣に困り果てていた。そんな時である。理科室と思われる部屋から激しい物音が聞こえたのは。


「坊ちゃんか!? お嬢、とにかく俺から離れないで下さいよ」


 言うなりカンタは足早に理科室へ近づくと、開かれていた扉の先を慎重に覗いた。するとそこには、グレイドと親密にしていたあのミナが、サーベルタイガーから逃げていたのだ。


 しかし魔物は執念深く飛びかかり、彼女は押し倒されてしまう。


「お嬢さん! うおおおおおお!」


 カンタは勢いよく飛び出し、持っていた棍棒で横からサーベルタイガーを殴りつけた。黒い棍棒は魔物の顎を跳ね上げ昏倒させるに充分な威力を発揮し、続いて止めの一撃を脳天に喰らわせる。


「お姉ちゃん、大丈夫?」

「はい……大丈夫です」


 心配そうに駆け寄ったメラニーに、半ば放心状態になりつつもミナは応じた。カンタはなんとか笑顔を作って彼女に手を差し伸べる。


「ありがとうございます。危うく殺されるところでした」

「気にしないでください。それより、なんかヤバいことになっちゃってますね。ところで、坊ちゃんをどこかで見ませんでした?」

「……実は、こうなる前はご一緒していたのですけれど」


 ミナはダンジョン化により転移させられてしまった事実と、その後は誰とも会っていないことを告げた。グレイドの世話係は顔を青くして俯く。


「ダンジョン化? ですか。マジで大変なことじゃないですか」

「おにーさまなら大丈夫! きっと生きてる」


 カンタの反応とは対象的に、メラニーは落ち込んでいる様子はない。あまり現状を自覚していないだけかもしれない。ちょっとした探検気分なのだった。


「とにかく、グレイド様を探さなくてはいけませんね。私も剣さえあれば、少しは戦えそうなのですが」

「あ! ありますよ剣。これ、使ってください」

「よろしいのですか。……ご恩、必ずお返しいたします」

「へへ! 俺一人じゃ厳しいんで、逆に助かるっすよ」


 グレイドの世話係から剣を渡され、ミナは恭しく受け取った。黒い剣と彼女はミスマッチではあるけれど、この状況では心強い相棒ができたと言えるだろう。


「ねえねえ! なんか集まってきてるよ」

「や、やべえ! お嬢、ミナさん! とにかくやるしかないっす」

「承知しました。この場を、まずは切り抜けましょう」


 赤い虎や黒いライオン、ありとあらゆる獣型の魔物がひしめき、獲物とみなした三人を襲う。数にして十匹以上が広大化した教室に侵入し、人肉を貪ろうと目をギラつかせて飛びかかった。


 ◇


 ダンジョンの入り口は数カ所あり、レオはグラウンド側から入ることに成功した。しかし、道中で彼の精鋭である騎士達は半数に分かれ、現在は三名が後を続いている。


 なぜかといえば、魔物が外の世界に溢れ始めており、迎撃する者を残さなくてはいけなかったからだ。


 人的被害が増えれば増えるほど、収束した後のことが厄介になる。もし彼の予感どおり、今回のことがポーン家——自身の失態により発生しているとしたら、重大な事態だと言える。


「おのれ。くだらない仕掛けを作りおって」


 レオ達は現在校舎の二階にいる。白亜の宮殿を思わせる校舎は、通常の学校など問題にならないほど広大なのだが、ダンジョン化することでさらに面積を増しており、探索は困難を極めた。


 広いからと言って馬では階段を登れないので、彼らは代わりに走ることで時間を短縮しなければならなかった。


 レオは息を切らしてはいないが、残りの三名は疲れが見え始めている。情けない奴らだと叱責したいところだが、今叱ったところで悪手だろう。


 実は既に被害者なら何名か目にしている。学生と思わしき男女が数名、助かりそうもない血を流して倒れていた。明らかな犠牲を見るたび、レオの顔が青くなっていった。


 獣と思わしき魔物が何匹も襲いかかってきたが、彼は問題にせずハルバードで薙ぎ払う。しかし、肝心のダンジョン・ストーンが設置された核となる場所は見当たらない。


「レオ様。ダンジョンは基本的には最上階か最下層、どちらかにラストフロアがあるかと」

「分かっている。だが、どちらに向かえば良いものかな」


 ラストフロアとは、ダンジョンストーンが設置された部屋のことを指す。とうとうレオ達は廊下で足を止めて思案をするしかなくなった。


 上か下、どちらかに目的となる部屋がある。しかし、最上階も最下層も到着するにはかなり時間を要するかもしれない。


 だが、彼らを嘲笑うかのように変化が起こる。遠く突き当たりにある部屋から、奇妙な唸り声と地鳴りが伝わってきたのだ。


 それは先ほどまでの魔物達とは明らかに異なる。ダンジョンの中核をなすボス的な存在かもしれない。そう考えると、レオはまず声の主からあたる必要を感じた。


「あの部屋へ行くぞ。気を引き締めよ」


 彼は速攻でカタをつけるべく、全速力で走ろうとした。だが、先陣を切ろうとした逞しい肩を誰かが掴む。苛立たしげに振り向くと、彼を止めたのは騎士達ではないことに気づいた。


 呆気に取られた彼の瞳には、最も信頼に値する男が映っていた。


「兄さん、慎重に進んだほうがいいと思うよ」

「イサック! お前、どうしてここにいる?」

「実はね。依頼を早めに片付けて戻ってきたんだよ。何か胸騒ぎがしたっていうか、当たりだったでしょ?」


 軽く笑った弟につられるように、兄もまた自然と笑みを浮かべた。


「こいつ! たった一人で来るとは、豪胆すぎるであろう」

「誰かに似たのかもね」

「ははは! 父上というよりは俺に似たな。では向かうとしよう。悪き怪物を討伐にな」


 兄は普段の余裕を取り戻した。おそらく控えているであろう巨大な魔物を前にしても、自然と勝利への揺るぎない自信が生まれてくる。


 それぞれのフロアで、それぞれの戦いが続いていた。

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