第54話 生成型ダンジョン

 最初どこの部屋にいるか分からなかったが、おおよその見当はついてきた。


 どうやら地下一階にいるらしい。廊下を歩くうちに資料室を見つけたんだけど、一度目にした覚えがあった。


 それにしてもヤバいことになってるな。学園の廊下は、普通の学校の二倍はあったがさらに広くなっている。天井も壁も床も紫色に変異していた。


 どうやらダンジョン生成時に強制転移をさせられたみたいだけど、ミナはどこに飛ばされたんだろうか。


 俺は不安になりつつも廊下を一人歩いた。すっごく心細いよ。しばらく歩くうちに、ようやく階段を見つけたので登ってみた。だが、ここで異変が起きる。


「ループしたか」


 階段を登ってから後ろを見たら、すでに何もなくなっていた。さっきと同じ場所にいるので、誤った階段を登るとループするように作られているようだ。既に学園は何が起こってもおかしくない、摩訶不思議なダンジョンと化していた。


 でも、俺はゲームの中で何度も経験していたので、あまり動揺はない。勇者は初見だろうからヤバいかもしれん。


 正解ルートの階段はこっちだったな、と突き当たりを左に曲がったところ、黒い豹みたいな魔物がいた。


 このダンジョンでは特に動物系統が多く出ていた事を覚えている。実際は豹ではなく、ブラックサーベルタイガーという名称の魔物だ。


 しかしデカいなぁ。まず俺の身長を越すくらいは余裕である魔物は、獲物を見つけるとなんの躊躇もなく走り出した。


 口から覗く二本の犬歯が正確に喉元へ向かってくるのが分かる。長剣を携帯してはいたが、特に鞘から抜き去ることはせず、ゆっくりと散歩をするように前へ出た。


 ギリギリのところでかわしつつ、すれ違いざまに一撃を加える。拳はブラックサーベルタイガーのこめかみを粉砕するように決まり、奴はそのまま起き上がってこなかった。


 この生成型ダンジョンの厄介なところは、魔法陣がどこからともなく現れて、そこから魔物が半永久的に出現してしまうことだった。ふと視線を向ければ、数個の魔法陣が光と共に作られ始めている。


 早くしないとまずい。ダンジョンの核さえ取り除けば全てが霧散するはずである。


 とりあえず詠唱を手早く済ませ、魔法陣から獣達が現れた瞬間にブラック・ボールを打ち込む。数匹の化け物はその真価を発揮する前に塵へと変わった。


 幾らかダンジョン自体が破壊されたけど、すぐに再生してしまう。これもまた生成型ダンジョンの仕組みの一つであり、決められた場所からでしか逃げられない厄介仕様だった。


「さて、最短距離で行くか」


 独り言を漏らしつつ階段を登る。ずっと沈黙しているのがなんとなく辛い。さっきの魔獣とさして変わらないのが何匹か襲ってきたが、剣で対応するまでもないので拳で倒して進んだ。


 俺の通う第一クラスのほうを近づいていくと、魔物の死体がいくつも転がっていた。倒したのは勇者だろうか。


 考えつつ歩いていると、いつの間にか第一クラス側まで来ていた。


 この廊下を通り抜けて階段を登れば、ボスが待つフロアに辿り着けるはず。よってクラスはただ素通りしようと思っていたんだけど、ふと誰かがいることに気づいた。


 あれは?

 疑問を頭に浮かべ、とりあえず教室への扉を開いた。


 教壇の位置によく知っている後ろ姿があり、周囲には魔物の死骸が転がっていた。


「遅かったじゃないか。グレイド」

「お前は……ゼールか」


 嫌なタイミングで、すごく嫌な相手に会ってしまった。多分ダンジョン化した校舎を見てしまい、慌ててやってきたとかそういう感じかな。


 ただ、こちらを振り返ったゼールは奇妙なほど落ち着いている。右手に握られた大剣は魔物の血が滴り、なんとも不気味な絵になっていた。


「さあ、ここで決着をつけよう」


 勇者の兄は薄笑いを浮かべていた。今までにない不気味な顔だ。その時、俺は不思議な事象が起きていることに気づく。


「ゼール……お前……」


 そういえばこの教室ではどんなルートであれ、魔物との戦いは発生するが、誰かと会うというイベントはなかったはずだ。


 なぜゼールはここにいるのか。


「あの時のことを引きずっていた僕は愚かだった。僕は本気で君を倒すつもりはなかったし、君も同じだろう。所詮武術大会なんてものは、ただのお遊びだよ。今度は遊びじゃない。そうだろ?」

「武術大会の時も、お前からは殺意を感じたがな」


 ゼールはクスりと笑った。静かに大剣を両手持ちにかえる。剣身とグリップの間には、茶色く濁った魔石が光っている。嫌な色合いだな。俺だったら絶対に選ばない魔石だ。


「妙な言い回しをするじゃないか。来ないなら、こちらから行くぞ!」


 始まってしまったものはしょうがないのか。俺は長剣を鞘から抜いた。殺意が笑いながら迫ってくる。どうしたんだと質問をする暇すら与えてくれそうにない。


 赤い魔石が歯向かう相手を射るように輝き、二つの光が暗い教室の中でぶつかり合った。

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