第49話 デートの誘い

 四月二十一日。天気は今日も快晴そのものだけど、俺の心は暗雲に包まれている。


 なんたってもうすぐだからね、運命の日が。自身のエンドデーが迫っている時でも学園には通う。


 まあ、俺が突然血迷ったりしない限り、ここが戦場になるという最悪なルートは避けられるはず。今日も授業を受け終えて、いざ帰ろうかと支度をしている時だった。


「なあグレイド。君ってさあ、あのミナさんと仲良いの?」


 友人の一人が突然勇者と俺の関係について質問してきた。一体どうしたんだ。


「悪くはない。それがどうかしたか?」

「ふーん。あ、いや。今廊下でさ、グレイド様はいますか? って本人に聞かれたからさ。ほら、あそこ!」

「………」


 ちょっと落ち着きなさげな顔で、彼女は廊下に立っていた。俺を見るなり小さく頭を下げてくる。とりあえずは本人の元へと重い足取りで向かった。なんか嫌な予感。


「あ、すみません! 急に来てしまいまして」

「気にするな。それより、どうかしたのか?」

「あの……昨日のことで、ちょっとお話させていただけないでしょうか」


 昨日のことといえば、まず間違いなく大会のことだろう。とりあえず、帰り道がてら聞いてみることにした。


 ◇


 実は今日、俺には迎えがいなかった。カンタが急用があるとかで来れないことと、父上が馬車を借りてしまったこともあり、徒歩二時間近くもかけて登校していた。


 そんなわけで俺は、ミナの馬車に乗って途中まで帰ることになってしまった。


 ああ、人生ってやつは無常だ。どうしてこうも俺に試練を与えるのだろう。


 ミナは昨日のことで兄が落ち込んでいたとか、それでも立ち直ったから良かったとか、諸々別にどうでもいい情報を教えてくれた。


 正直、俺からすればゼールはもう興味の対象外だった。よほどの慢心と準備不足が祟らない限り、奴に命を奪われる可能性はないと確信している。


 もし可能性があるとしたら、それは別の相手だろう。例えば隣で、時折こちらの様子を伺う女の子とか。


 でも妙だな。さっきまでの話なら、学園で少々時間を取って終わりで良かったはず。そしてここで、俺の鋭敏なセンサーが反応したのだった。


 まさか、この馬車に乗せて、ミナは俺をどこかに拉致しようとでも企んでいるのではないか?


 あれだけ慕っていた兄をぶち倒した張本人である。つまりさっきまでの「兄様が——」と言うトークは、これから始まるジェットコースター的バトル展開への序章か!?


「あ……あの。グレイド様!」


 不意にミナがやけに大きな声を上げた。すぐに自分のトーンが大きいことに気づいてハッとした顔になっていたが。


「どうした?」

「じ、実はなのですけれど。こういう所に興味はあったりしませんか」


 鞄のサイドポケットから、彼女は大事そうに一枚の紙を取り出した。それはちょっとしたチケットのようだ。俺は彼女に渡された紙切れに、不思議な感慨を抱いた。


「これは、劇場のものか」

「は、はい。その、貰ったのです」


 劇場か。中世異世界にはよくある娯楽だが、エタソの世界でも例外ではない。


「元々友人のものだったのですが、急に行けなくなってしまったのです。それで、実はもう一枚いただいてます」

「ほう。二枚か」


 もう一枚あるのか。へー、と。俺はここまでは他人事として聞いていられたのだ。


「あの、よろしければ……いかがでしょうか」

「ん?」


 いかがとは? とすぐには察知できなかったが頭が、徐々に理解へと歩きだした。頭の中に浮かんでいたはてなマークは、一つの結論に導かれるにつれて霧散していく。


「……俺を誘ってるのか?」


 ミナはしばらく顔を俯かせて黙っていたが、ようやくこちらを上目遣いにみたか思うと、小さく首を縦に振った。


「「……………………」」


 どのくらい黙っていただろうか。その時間は一分か、はたまた五分だったか。


 お、お、俺が。デートに誘われてるだと!?


 心の中に吹き荒れるハリケーン。心臓の鼓動はレッドゾーンを越え、一歩間違えば停止しかねないほどに高鳴っている。


「あの、ダメでしょうか」


 いやいや。ダメじゃないって。全然ダメじゃないむしろ逆だ。こんなに可愛い子に誘われるなんてこと、かつて三十年の人生でもなかったことだ。


 いや、ちょっと待て。彼女にしてみれば、ただ誘える相手がたまたまいなかったから俺に声がかかった可能性がある。


 それに……突然のことで忘れていたが、彼女は宿敵である勇者なのである。そう簡単に俺に好意を抱くとは考え難い。ま、まさか……例えば劇中に怖い演出があって、


「きゃー、こわーい」


 とか言いつつ抱きつき様にナイフでぐさっと! 俺を暗殺することもあるかもしれない。


 ……って、おいおい。俺ってば妄想が過ぎる。流石にそれはないだろうよ。ただ、彼女が本当に俺と遊びたいかどうか。ここは虎の穴に入ってでも確認してみよう。


「いいだろう。淑女から誘われて、断るようでは男として失格だ」

「あ……あ……」


 この時、勇者の瞳は大きく開かれ、星々のように煌めきを放っていた。


「ありがとうございます! う、嬉しいです」

「では、俺はここで失礼する。待ち合わせ場所はロージアン第一劇場前、十九時でいいか」

「はい! よろしくお願いします」


 去り際に馬車を見やると、ミナはこちらが見えなくなるまで手を振っていた。


 ひょっとしたら考えすぎなのかな。あの喜びようは演技にはとても見えない。だが、グレイドは人を騙して生きてきた反面、騙されて死ぬルートも多かったのだ。


 油断することは許されない。だって相手は、数多のルートで俺を倒す天敵なのだから。

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