第47話 兄の評価

 勇猛果敢に挑んだゼールは敗れた後、苛立たしげに舞台の床を殴りつけた。


 奴にかける言葉はない。勝者が敗者に何を語ろうとも、それは良い効果を与えることはないだろう。


「坊ちゃん! おめでとうございます! なんていうか……神業って感じで、もうヤバすぎっすよ!」


 カンタが興奮気味に俺の側にやって来た。


「エリン先生の指導の賜物だな」


 さて、もう用事は終わったし帰ろう。そう考えて支度をしていると、軽い靴音が近づいてきた。


「グレイド様」

「……ミナか」


 振り向くと、やはり想像していた通り、この世界の勇者が立っていた。


「今回のこと、改めて私から謝罪します。兄が無礼な真似をしてしまい、申し訳ございませんでした」

「お前が謝ることではない。止めても聞かないのだから、こうなる他なかった」

「寛大なお返事、ありがとうございます。あの、それと……グレイド様の剣技、圧巻でした」


 なにかもじもじしている様子から察するに、言いたいことが言い切れてない感じなのかな。


「では、兄の所へ行きますので、ここで失礼します。また学校でお会いしましょう」

「ああ。またな」


 今も崩れ落ちたまま床と睨めっこしている兄の元へ、心配そうな面持ちでミナは駆け寄って行った。これは相当キツイ精神的ダメージを負っちゃったっぽい。


 だが、ここまできて一つの不安要素が心の水面に浮上してきた。


 待てよ。もしかしてこの屈辱的な負けを晴らすことを目的として、残りの期間に勇者が特訓をして俺に挑んでくるというシナリオはないだろうか?


 あ、あり得る。充分にあり得るストーリーな気がする。なんかアツいじゃん。兄の屈辱は私が晴らします的な。


 俺はまだ興奮真っ盛りのカンタを率いつつも、自分が新たなフラグを発生させてしまったことに愕然としていた。


 まずい。大人しそうな顔をしているけど、ああいうタイプが一番怖いことを前世のネット知識で学んでいた俺である。ミナにだけは警戒しなくてはいけない、絶対に。


 ◇


 会場から出て馬車置き場に向かうと、よく知っている二人の男が待っていた。


 すぐにカンタが頭を下げる。


「レオ兄さん、イサック兄さん、お疲れ様っす!」

「カンタ君、お疲れー」

「カンタよ。そう若者のような敬語で接するな」


 イサック兄さんは気軽に応じてくれたが、レオ兄さんは相変わらず厳格さの衣を纏っている。カンタはすぐにもう一度頭を下げていた。


「す、すいません」

「それにしても驚いたよ! グレイド、君があんなに強くなっていたなんて!」


 そういえば、実際に戦っているところを見せたのは初めてだったっけ。興奮する次男とは対照的に、長男は腕組みをしたまま轟然とこちらを見下ろしている。


「恐縮です。自らの非力さを補うべく、昨今は努力を重ねているところです」

「お前にしては良い心がけだ。だが、一つ気になっていることがある」


 レオはオールバックの頭を少し傾けると、純粋に疑問だとばかりに話を切り出した。


「お前は恐らく、最初に接触した時点であの小僧に勝てていたのではないか?」


 あ、バレていたわけね。まあそりゃ、分かる人には分かるのか。


「兄さん。それは言いっこなしだよ。グレイドはきっと、大会の王者に見せ場を作ってあげようとしたんだ。一撃で倒されたとあっちゃ、どんな名家も名折れだからね」

「ご推察の通りです」


 まあ、この二人に嘘を言っても始まらない。カンタは心底驚いたようで「ええ!? すげえ」と声を裏返らせていた。


 しかし、この返答は長兄の美学に反していたようだ。


「つまりお前は対戦相手に手心を加えたのだな。まったく感心できぬ。一撃で勝負がつくのならば、そこで決めるのが礼儀だ」

「まあまあ兄さん。グレイドは配慮したんだよ」

「実戦ならその甘さが原因で死ぬこともあり得るぞ」


 厳しい査定の持ち主である。だが、確かにレオの言うことも一理あるだろう。


「あれは実戦ではありません。真剣勝負ならば、無論手加減はしないでしょう」

「その場にならねば分からぬだろう。まあ良い。お前の剣を知ったのは、今回の収穫であった」


 それだけ言い残して、レオは去って行った。


「レオも認めたみたいだよ。じゃなきゃ最初から最後まで辛辣な評価のフルコースになってる」

「そうっすね。あんなレオ兄さん、初めて見ましたよ。なんか楽しそうっていうか」


 俺が問い詰められてへこんだと思ったのだろうか。兄と世話係が慰めてくれているような感じがして、なんとなく申し訳なくなってきた。


「兄さんに認めてもらえるなんて、俺には過ぎた幸福です」

「全然。君はよくやってるよ。ただ、あの対戦相手の……ゼール君だっけ? 相当落ち込んじゃってるみたいだね。変な気を起こさないといいんだけど。あ——兄さん、待ってくれよ! じゃあ僕もここで」


 二人の兄とお別れをした後、カンタと一緒に馬車で帰路についた。景色をぼうっと眺めていても、頭の中ではゼールのことや勇者のこと、そして運命の日が頭にチラつく。


「もしかして、ミナ嬢の兄のことを心配してるんですか? 大丈夫ですって。男なんて、大抵は負けた喧嘩をいつまでも引きずらないもんっすから」

「カンタはすぐに忘れそうだな」

「ははは! 俺なんて勝ったり負けたりいろいろでしたから、一個一個覚えてられねえだけっすよ」


 豪快な男だなぁほんと。ちょっとカンタが羨ましくなってくる今日この頃だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る