第46話 悪役貴族対勇者の兄
ちょっと待ってくれよ。
大声を発したくなる気持ちを必死に抑えていた。
いや、確かにここまで引っ張っちゃったから勝負はしようと思ってたよ。
ただ、会場でみんなが引き上げてから、ちょっとだけやって終わりにしよう。その程度の考えだった。
だが、どうやらゼールは最も目立つ方法で勝負を挑んできた。会場の熱気はどっかの人気バンドがライブしてるみたいに上がってて、やらないと止められない気がした。
「坊ちゃん、すげえことになりましたよ! ホントにやるんすか?」
カンタもまた興奮していた。まあ、こういうの好きそうだよね。
「挑戦されたなら受ける。それだけだ」
司会のおじさんが、興奮で熱を帯びた顔で近づいてくる。
「いいんですね? じゃあ本当に、始めてしまいますよ! 試合の準備開始!」
会場の何係かは知らないけど、たくさんの人達が慌ただしく駆け回った。試合開始を告げる大きな太鼓みたいなものに、一人の男が駆け寄っていく。
ゼールは、自分が負けることなど考えてもいない。まさにドヤ顔をしていた。
「勝負を受けたことは褒めてあげよう。やっと僕と君の因縁に決着がつく」
「ゼール、本当にいいのか。ここで負ければ家の恥になりかねないが」
「そうやって逃げようとしても無駄だ。第一、もう止められないだろ」
もう少し用心深くてもいいものを。あまりにも無謀だ。俺は嘆息して、二度目の問いかけを諦めた。
「坊ちゃん……坊ちゃんなら、絶対勝てますよ!」
カンタがセコンドとしての仕事を始めてくれる。こうやって隣で鼓舞してくれる人がいるのは、正直ありがたい。俺は右手で剣のグリップを持ち、鞘をだらりと隣へと向けた。カンタが鞘を掴む。
「ああ。余興を始めるとしようか」
剣を鞘から勢い良く抜き、舞台の中央へと向かう。ゼールもまたこちらへと歩みより、審判を中心として向き合った。
「舞台でやる以上、ルールは大会に準拠するということでよろしいか? 絶対に致命傷を負わせないこと、絶対に殺さないこと、敗北を潔く認めること」
審判からの説明はたったこれだけだった。シンプルだが、なかなか守られないから武術大会は減っていく。
「ああ。必ず守るさ」
「ポーン家の家名にかけて、約束しよう」
ルールの確認を終えて、俺はすぐに背を向けて開始線まで向かう。振り返ると、同じように開始線に立ち、こちらを睨みつける男が一人。審判が数歩下がった。カンタは舞台上からは降りて、下から声援を送っている。
そういえば、こういう舞台で戦うとか初めてだな。いい経験かもしれない。
心を落ち着けて合図を待つこと数秒。準備が整ったことを察した係員の男が、思いきり試合開始の太鼓を叩いた。
「始め!」
まずは相手の出方を見る。ゼールは両手持ちした大剣を中段に構えていた。対して俺のほうは、腕を下げて自然体で立っている。剣は水平より斜め下にして、一見すれば隙だらけだ。
だが、相手を過小評価して意気揚々と突っ込んでくるような真似は、流石にゼールはしなかった。用心深くじりじりと距離を詰めてくる。
奴の額から汗が滴っていた。
「どうした? 来ないのかよ」
安い挑発が始まる。俺は興味なさげに呟くように応対する。
「俺は受けて立つ側だ」
「は! カッコつけやがって。お前のそういうところが僕は……気に入らないんだよぉお!」
野獣が鎖から解き放たれた。殺意の塊になった男が一直線に迫ってくる。そのまま切りつけるフリをしつつ、大きく飛び上がった。
上からの攻撃は反撃ができないと思っているようだ。実際は反撃できるんだが、とりあえず大上段から放たれた一撃は横に飛んでかわした。
「ははは! どうしたぁ!」
ゼールは体勢を戻して追撃に出るのが速い。ここからは計算一切なしのラッシュが始まる。一文字に切りつけたかと思えば、斜め上から振り下ろし、今度は下から狙ってくる。
こいつ、俺が避けなかったら普通に殺してない?
信頼しているのか、どう考えても寸止めできそうもない連続攻撃を続ける勇者の兄。しかし、大剣だけあってやはり動きが読みやすい。
唸り声を上げつつ、ゼールは一心不乱に剣をぶん回す。その一つ一つを紙一重でかわし続けた。何度目かの横からの一撃がきたかというタイミングで、俺は体を一回転させる。
「………は?」
その時、会場からどよめきが起こった。殺意をまとった男は呆気に取られてこちらを見上げている。
大剣の切っ先の上に、俺は片足だけで立っていた。そして長剣は、首筋付近に置いてある。
「勝負あったな」
「ふ……っざけんな!」
あれ? いや、勝負あったじゃん。
ゼールはこちらの寸止めなんてなかったかのように、思いっきり剣を振り抜いた。すぐに体を回転させて着地した俺に、またしても凶刃が迫る。
武術大会の醍醐味とは、本物の武器でやり合うこと。しかしそれ以上に重要なのは、負けを素直に認める潔さだと言う者がいる。
確かにそうだ。負けを負けだと認めずに戦いを続けるのは愚かだし、醜い行為と言える。
勇者の兄は明らかに冷静さを欠いていた。華麗な剣技とは到底いえない、無茶苦茶なフォームになりつつある。それらの攻撃は決して当たることはない。
なぜなら、俺は今日何度も奴の勝負を鑑賞してきた。だからパターンも癖も全て分かっている。
開始して数秒で終わらせることはできたが、奴のメンツを潰さないようにしばらく付き合ったのだ。
それなのに、あいつは負けを認めてくれなかった。これは後々の恥になる。
俺は防戦一方から少しずつ攻撃へとシフトしていった。ゼールは剣で受けつつも、明らかに動揺が見え隠れする。
何度目かの鍔迫り合いを繰り返し、いよいよ追い詰められたゼールは、今までで最速の踏み込みをした。上段からの渾身のダッシュ切り。この時ばかりは攻撃に意識が百%乗っていたに違いない。
だが、俺はもう付き合わなかった。すれ違うように巧妙に剣の一振りをかわす。背中合わせになった俺たちは動きが止まった。
「く、舐めるなああ!」
ゼールが怒りと共に振り返ろうとした。
「あ!?」
しかし、その後は続かない。重苦しい地鳴りが響き、大剣が舞台上に落下していた。すれ違いざまに長剣で、握り付近から切断したのだ。
「負けを認めるか」
ここまでくれば寸止めすらも必要ではない。奴にはもう武器がない。
「……僕の負けだ」
呟くように囁いた言葉は、不思議と観客席に届いていた。割れんばかりの歓声が会場を包み込んだ。
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