第45話 ミナの迷い
この世界で勇者の力を手にした少女、ミナは会場入りはしていたが、舞台のはるか後ろで戦いを見守っていた。
もちろん兄への挨拶はしている。しかし、今日この場で彼を最後まで応援できる自信がなかったのだ。
(グレイド様……やっぱり来てる)
兄とグレイドが戦うことになる。この事実に彼女は激しい不安を覚えた。自分はギガスラック家の人間であり、兄を敬愛する気持ちは変わらない。かと言って、グレイドに対しても特別な感情を抱いている。
どちらかを応援するということは、どちらかを否定することになるのではないか。失ってしまうものを恐れるように、ミナは二人の前に立つことを躊躇っていた。
元々規模の小さな大会ではあったが、今回はゼールが参加することが前もって伝わっていたため、例年を遥かに超える観客で溢れかえっている。
喧騒のなか、グレイドの姿を見つけた彼女は疑問を抱いた。大会に参加するような素振りだったのに、彼は最前列で試合を眺めているだけなのだ。
もしかしたら、決着をつけると言っていたのは嘘だったのだろうか。
どうして偽る必要があるのかは知らないが、戦わないで終わるならそのほうがいい。ミナにとってグレイドはよく分からない思考の持ち主だったが、不快に思ったことはなかった。
「やあ。君はたしかギガスラック家のご令嬢だよね?」
遠巻きに眺めていた少女の隣に、一人の男が並んだ。いつの間にかふらりと微風のように現れた男は、優しげな目と長髪が印象的だった。
「はい。ミナ・ツー・ギガスラックです。あの、どこかでお会いしましたでしょうか」
「ははは。君の知名度はなかなかのものだよ。僕はイサック。弟のグレイドがお世話になっているみたいだね」
「あ! グレイド様の、お兄様だったのですね。失礼しました」
慌てたミナに、イサックは別にいいんだよと笑いかける。彼の隣には、大柄な男が仏頂面で腕組みをしていた。
「なんだ。お前が面白いものが見れるというから時間を割いたというのに、あの馬鹿は出場せんのか」
「グレイドも出るんじゃないかって噂してたけどね。でも、面白いものは見れるよ、多分。ああーそうだミナ嬢。こちらは長男のレオ兄さん、よろしくね」
「は、はい! ミナ・ツー・ギガスラックと申します。グレイド様にはいつもお世話になっています」
「ほう、あのミナか。既に紹介してもらったが、レオ・フォン・ポーンだ。お世話になっているとは謙虚なものだな。実際は逆だろうに」
豪快に笑ったレオに、ミナは慌てて首を横に振った。見た目とは裏腹に繊細さに欠けた動きを見て、長兄の笑いが高まる。
「イサック。確かに面白いものは見れた。だがグレイドの腑抜けっぷりは目に余る」
「意外と恥ずかしがり屋なんだよ。ああ見えて」
「陰気が過ぎる。やはりうちの家系にあんな男は必要ないな」
長兄の厳しい批評を耳にして、彼女は不思議な気持ちになる。ミナから見てグレイドは陰気さなど感じないし、腑抜けていると思ったこともない。もしかしたら家では、肩身の狭い思いをされているのではないだろうか。
そう思うと、なんだか彼のことが可哀想に思えてくる。ギガスラック家でのここ一年を思えば、グレイドよりミナのほうがずっと酷い目に遭っているのだが。
ミナが考え事をしていると、周囲からどよめきが起こった。ふと前に視線を送ると、ゼールが一人の剣士から勝利を奪っていたのだ。どうやらいつの間にか決勝戦が終わっていたらしい。
(良かった。終わったんだ)
グレイドは本当に出場しなかったらしい。彼女は心から安堵した。これで兄と彼が戦わなくて済むのだから。
一方隣にいるイサックは、茶化すように口笛を吹きつつ、ゼールの強さに感心していた。しかし、目下の興味は別のところにある。
「ところでさ、グレイドとはどういう仲なの?」
「え。その……同級生です」
「ふぅん。あいつ手が早そうだからなー。もしかして、って思ったんだけど」
「へ!? ち、違います!」
「あはは! ごめんごめん。困らせるつもりはなかったんだよ。ガールフレンドの一人や二人、早速作ってもおかしくないかなって」
勇者となる少女は耳まで赤くなってしまった。しかし、恥じらいなど吹っ飛ぶようなことが、舞台上で起ころうとしていた。
大会の司会進行が、決勝戦すら楽にこなした金髪の美青年に声をかける。勝利者インタビューが始まっていた。
「ゼール様。この度の優勝、おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
感謝の言葉はまるで棒読みだった。
「いやあ、完全に一人舞台でしたね。今のお気持ちはいかがですか」
「いい準備運動になりましたよ。僕としてはここからが本番なので」
「え? この後何かご予定でもあるんですか?」
ゼールは舞台の中央から一歩足を踏み出し、観客席に睨みを利かせる。
「この試合が終わったら、戦う約束をしている男がいるんです。あそこにね」
「あそこ……と言いますと」
「余興といってはなんですが、もう一戦この舞台で戦わせてもらうことはできますか?」
「は、はい!? もう一度って。ここで戦いたい人がいるんですか?」
ミナは愕然としていた。嫌な予感が加速度的に膨らんでいく。
「上がってこい。グレイド・フォン・ポーン」
「グレイ——ああ! あの、グレイド様ですか。最善列にいらっしゃいますねえ。どうぞ、お上がりください!」
ミナほどではないが、グレイドもそれなりに有名な男だった。一気に会場から歓声が巻き起こり、誰もが期待を抱かずにはいられなくなった。
悪辣な噂ばかりが目立っていた男は、舌打ちをしつつも舞台へと続く階段を登る。世話係であるカンタが隣に連れ添っていた。
「俺としては、皆の者が引き上げてからで良いと思ったのだが」
「へえ。君らしいじゃないか。負けた醜態を大衆に見せたくはないというわけだね」
「お前を気遣ってのことだ」
舞台に上がるなり火花を散らしているような両者。会場はゼールへの声援と、グレイドへの嘲笑が混ざり合い、不穏な空気を充満させていった。
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