第44話 完成した剣

 鍛冶職人の家は相変わらず汚い。思わず顔をしかめそうになるのを堪え、朽ち果てる寸前にしか見えない扉を開いた。


「約束の日だ。できているのだろうな」

「はい! 今最後の仕上げをしてるところでさあ」


 鍛冶職人は薄暗い部屋の奥で、何か拭き物をしているようだった。後ろにいたカンタが前に出て、ドワーフおじさんの作業を観察し始めた。


「へえー。随分立派に仕上がってるじゃねえか。ところで、俺の棍棒はどれ?」

「アンタのはそこにかけてあるよ。杖の隣」


 狭っ苦しい部屋の片隅に、申し訳程度にスペースを空けて立てかけられている棒と杖、それから片手剣。どれも黒を基調としたシックなデザインをしている。俺の世話係は嬉しそうに棍棒を手に取ってみた。


「うお! なんか質感が全然違う。これで殴られたら大抵の奴は死んじまうなぁ」


 なんだろう。見た感じ鉄パイプみたいな形してる。カンタの奴、本格的にチンピラっぽくなってきたな。


「お嬢のは全然軽い。ん? どれも変な空洞があるのはなんでだ?」

「ああん? 兄ちゃん、知らんのかい。冒険者が使う上等な武器っていうのは、必ず魔石かダンジョン・ストーンを入れるだろう。魔力を増強する為だ」

「そうか! レオ兄さんのハルバードみたいなもんだな。じゃあ魔石がいるなぁ」


 魔石にしろダンジョン・ストーンにしろ、そうそう落ちてるもんじゃない。うちの長男がやたらと集めているけど、頼んでもくれないだろうな。


「ささ。グレイドさまの分はこれですよ」

「うむ」


 ようやく磨き上げが終わったのか、満足した顔で男は物を手渡してきた。剣身を頭上にあげ、工房の窓から漏れる微かな光でじっくりと観察してみる。


 刃がまるで血を吸ったかのように赤い色をしている。それ以外は全てが黒で統一されており、地味だが見惚れるほどの不思議な魅力があった。


 よし。この剣なら長い戦いでも充分に持つはずだ。


「しかしグレイド様。ご要望通りに作りましたが、本当にいいんですかい? その剣、ちょっとばかし長すぎやしませんかね」

「坊ちゃん。確かにその長さだと、使いにくそうっすよ」


 フォレスト鉱石で作られた長剣は、二人がいうようにかなりリーチが長い。全長は俺の身長を超えてしまうほどだった。普通に考えれば使い難くてしょうがない。


 でもこれでいいんだ。エタソでは突き詰めていけば長剣が最強の武器になる。


 だから最初から使い、練度を上げ続けることにした。多少サイズ感は異なるものの、エリン先生と練習している時だっていつも長剣を使っている。


「俺にとっては、このくらいなければ物足りぬ。では職人よ。褒美を置いておく」

「うへえ! 本当にこんなにくれるんですか。あ、ありがとうございます!」


 金が詰まった袋を手渡した。何度も頭を下げてくるおじさんに手で返事をし、工房を後にしようとしたが、なぜかまた声をかけられる。


「すみません! ちょっとだけ待ってくれませんか。グレイド様の剣に、一つサービスさせてくだせえ」

「ん?」


 本当に少しの時間だったが、ドワーフおじさんは俺の剣になんと魔石を埋め込んでくれた。


「あんまり良い魔石じゃないんですが、代わりのやつが取れるまで使ってもらえたらと思いまして。けっこう威力が変わります」

「礼を言う。お前のことは覚えておく」


 サービスしてもらっちゃった。嬉しい気持ちを抑えつつ外に出ると、カンタが感心するように俺と剣を見ていた。


「坊ちゃん。言われてみれば確かにその剣、似合ってますね。神話に出てくる魔剣士みたいでカッコいいっすよ」

「カンタも似合っているぞ。立派なゴロツキに見える」

「いやぁ、それほどでも……ゴロツキぃ!?」


 思わず軽く笑みが溢れた。これで戦力が大きく上昇したことは間違いない。


 赤い魔剣は黒く見事な鷹の模様が入った鞘に収められているが、既に暴れたくてしょうがないとばかりに手元で揺れていた。


 待っていろ。獲物ならきっとすぐだ。


 ◇


 時は流れて第七曜日の朝。日付は四月二十日であり、とうとうXデーが迫りつつある。俺は勇者の兄、ゼールと戦うべく武術大会の会場にやってきた。


 ここは王都でも有名な武術場の一つだった。本物の武器を用いて優劣を競い、精強な王都市民を育成することが目的だったはずの大会。


 だがしかし、競技人口も観戦者も毎年減少の一途を辿っているらしい。


 衰退の大きな理由は、本物の武器の使用を許されていることにあるとか。


 もし対戦相手を殺してしまったら反則負けとなるのだが、それでも死亡事故は往々にして発生する。


 誰かが死んでしまう度に、大会の中止を訴える者が増えてしまう。それでも永久閉鎖にならないあたりは、エタソの世界観の野蛮さが現れている。


 ただ、今では優秀な者はこういった大会には参加しなくなり、自然消滅は時間の問題と言えた。


 その廃れた武術大会の場が、今日は大いに盛り上がっていた。理由は舞台上で大剣を自由自在に操っている男によるものだろう。ゼールが対戦相手の大男を圧倒し、首筋に剣を突きつけて勝負を勝ち取った。


「勝者、ゼール・ツー・ギガスラック」


 大歓声に応えるように右拳を突き上げた男は、俺の視線に気づいて舞台上を降りた。激闘の後とは思えないくらい冷ややかな顔をしている。


「おめでとう、と労ってほしいか」

「違う。お前、どうしてここにいるんだ?」

「決着をつける為、そう伝えたはずだが」

「何!? ふざけているのか。なぜ観客席の最前にいるのかと、そう聞いているんだ!」


 粗末な椅子に腰掛けていた俺は、右足を組んで余裕を見せていた。隣にはカンタがおり、ゼールが突っかかってきたことを知って立ち上がる。


「待てよ。坊ちゃんに不敬な態度を取るんじゃねえ」

「お前は黙っていろ。僕はこの阿呆と話をしているんだ」

「ああん? 阿呆だと。け! てめえ勇者の兄だからって、いい気になってんのか」


 この一言にゼールは激昂しかけた。だが、俺がカンタを手で制する。


「落ち着け。こいつの相手は俺がやる。今日だけはな」

「だったら、なぜ参加してこない?」

「俺はそもそも、大会に参加するとは一言も言っていない。お前とここで決着をつけるとは言った」

「はあ? 何を言っているんだ?」

「相手をしてやることは本当だ。だから精々頑張れ」


 皮肉めいた応援の一言に、ゼールは苛立ちを隠さなかった。まあ、はっきり出場するとは言ってないが、心証的には騙したと思われてもしょうがない。


 俺はどうしても事前にゼールの実力を測っておきたかったし、かといって自らの戦いを相手に見せたくはなかった。


 だったら出場を匂わせ、全てが終わった後で望むなら相手をすればいい。そもそもこの勝負にこだわっているのはアイツなので、やる気がなくなったならそれでも結構だった。


「わかったよ。大会が終わるまで逃げるなよ」


 舌打ちをしながら去っていくその姿は、人気ゲームの主人公の格ではない。


 ここまできたらもう納得するしかなかった。この世界での主人公は彼ではなく、彼女であると。

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