第43話 武術大会で決着を

「グレイド貴様! 妹をたぶらかしたな!」


 掴みかかってきた手を振り解く気力もなかった俺は、とりあえず怠そうにするのみだった。


「やめて下さいお兄様! 誤解です」

「ミナ、お前は黙っていろ。僕はコイツだけは許すわけにはいかないんだ」

「俺も、お前とは馬が合わないようだ」


 睨みつける顔に苦みが増した。どうやら怒りは頂点まで到達しつつあるらしい。


「何をしているの!?」


 しかし、ここで保健室の先生が戻ってきた。これは天の助けかもしれない。


「先生! こいつは見下げ果てた野郎です。あまつさえ僕の妹を毒牙にかけようとしたんだ」

「ちょ、ちょっと! お兄様」


 慌てる妹に気づく様子もなく、兄は俺と保健の先生だけに意識を集中していた。


「どんな理由があろうと、先生は暴力は認めないわ。さっさと出ていきなさい」

「く……暴力なんて、僕は」

「いいから出ていきなさい!」


 ピシャリと怒鳴り声が響いた。先生の一喝は相当応えたようで、悔しげにゼールはその場を去ろうする。


「待て、ゼール」


 奴はドアの前で足を止めた。そろそろ決着をつけるのもいいかもしれない。一つの考えが俺の脳裏に浮かんでいた。


「俺と勝負がしたいのなら、正式な場でやろうではないか」

「正式な場だと?」

「ああ。第七曜日に王都で武術大会が開かれるのは知っているな」


 血気盛んな勇者の兄は、顔だけをこちらに向けてニヤリと笑った。


 ちなみにだが、エタソの世界では曜日が第一、第二と数字で表現される。第七曜日は日本でいう日曜日に該当している。


「成程な。あの武術大会には有象無象ばかりだが、お前との決着の場にするなら出てもいい」

「ああ。いい加減俺も、お前にはうんざりしていたところだ。どちらが上か、はっきりさせよう」

「グレイド。お前とは決勝で当たりたいものだ。途中で負けるんじゃないぞ」


 そう言い残し、ゼールは颯爽と廊下へ消えていった。


「まったくアンタ達は。喧嘩もほどほどにしておきなさいよ」


 先生が呆れるように呟いたので、俺は苦笑するしかなかった。


「あ、あの。グレイド様。本当に武術大会に出場されるのですか」


 ミナは大いに戸惑っているようで、普段より幾分そわそわしている。そういえばだけど、俺にとって最大の障害は目の前にいたんだったわ。


「兄と戦うために出る必要なんてないと思います。私、家に帰ったらやめるようにお願いしてみます。ですから、」

「危ないことはやめろ、と言いたいのか」

「……」


 俺にとって一番危ないの、君だけどね? と言いたいのをグッと堪える。


「ただの遊びさ。熱くなる必要はない。まして恐れることなど何もないのだ」


 君以外は、と心の中で付け加えた。するとしばらくして、ミナはどこか安心したように小さく笑う。


「自信がおありなんですね。羨ましいです」


 なぜか暗い顔になるミナ。不思議そうに見つめていると、彼女は自嘲気味の微笑を見せた。


「私なんて、勇者の力を持っているのに全然運動音痴なんです。何度も叱られましたし、自信なんてありません。グレイド様は、どうしてそのように自らを信じられるのですか」


 コンプレックスがあるわけか。まあ、自信なんて普通にしていてもなかなか身につくもんじゃない。それに、自信だと思ったら過信だった、なんてこともあるわけで。


 しかし、話せば話すほど普通の女子に思えてくるから不思議だ。勇者の力に覚醒した男主人公はオーラがハンパないのに、女主人公はどうも冴えない。


 この時ばかりは、俺は彼女との関係を忘れていた。どうしたら自信が得られるのか、自分なりの見解を話してみることにする。


「俺に自信があるのは、経験と知識だろうな。勝った負けたという結果から得たものではない」

「でも、負けてしまったら落ちこみませんか?」

「負けることも経験だ。敗北することで強くなれる奴もいる」

「え……」


 何を偉そうなこと語ってるんだろ。残酷な戦いの場だったら、一度の負けで終わりなのに。


「負けたことからだって人は多くを得られる。そして、何より地味な練習が重要だ。積み上げてきた毎日が、心の奥から自分を鼓舞してくれる」

「積み上げた毎日……」

「自信とは、通ってきた道の険しさが与えてくれるものだ。俺もまた道の途中だ。だが、鍛え続けているから信じられる。信じていられる、己の道を」

「通ってきた道の、険しさ……ですか」


 ふと、言葉を反芻するように呟いた彼女は、しばらくして不意に立ち上がった。っておい! よく見ればナイフもったままじゃないか。


「私……私も頑張ります! もっと自信を持てるように、もっと自らを鍛えてみます」

「あ、ああ」

「それではグレイド様! またお会いしましょう。失礼します」


 元気よく保健室を出ていく小さな背中を見て、俺は自分が大変な失敗を犯したことに気づいた。

 やべー、ライバルを元気づけちゃったよ。


「いやあ、熱く語ったねえ」


 うふふ、と笑いながらカーテンを開けてからかってくる先生。そうだ、先生もいたわ。めっちゃ恥ずかしいんだけど。


 その後、徐々に元気を取り戻した俺は、なんとか午後の授業に参加することができた。下校時間になり、馬車乗り場に着くと、いつも通りカンタが待っている。


 普段なら真っ直ぐに帰宅するだけだが、今日は予定が残っていた。


「カンタ。今日は寄り道をしていくぞ」

「うっす! 鍛冶職人のところっすね」

「ああ、今日手に入れねばならん」


 ようやくちゃんとした武器が手に入る。準備は着々と進んでいる。何が起こっても対処できる力が必要だった。


 そういえば馬車の景色も変わってきた。桜はもう新緑に変わり、少しずつ四月も終わりに近づいている。

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