第39話 重要な魔法

「あら? ミナ様が勇者であることを、ご存じなかったのですか。グレイド様は案外、世間に疎いのですね」


 ミナが勇者であることを知った次の日、休みだったのでエリン先生が指導に来てくれたのだが、ここでもまた言われてしまった。


「勇者などには興味がなくてな」という苦しい返しをしたものの、先生はふーんというリアクションをしただけだった。


「てっきり坊ちゃんが、その辺のこともミナ様から相談されてると思ったんですけどねえ、俺は。なんていうか、微妙な年頃っていうか」

「なぜ俺があいつから相談を受けるのだ」


 カンタは「え?」という表情で後ずさった。


「いや、なんていうか。いい感じの関係じゃないですか」


 この返答に怒ったのは俺ではなく、メラニーだった。プンスカと頬を膨らませている。


「いい感じもやな感じもない! ぬすっとです。おにーさまをメラニーから盗もうとしている!」

「前も言ったが、俺はお前の物じゃない」

「えええ!?」

「はいはい。雑談はここまでにして、今日は少し変わった魔法の教習をします」


 ガーン! という効果音がなりそうな妹のショック顔は置いておいて、エリン先生は新しい魔法を教えてくれるらしい。魔法を全く覚えられないカンタはあからさまにテンションが落ちていた。


「今日はチャージを教えますね」

「先生ぇ、チャージって何ですか?」


 メラニーの質問にうんうんと頷くカンタ。二人が知らないのも無理はない。あまり認知度が高いとはいえない魔法だ。でも、俺がエリン先生を教師に選んだ理由の一つでもある重要な魔法だった。


「チャージというのは、攻撃をする前にタメを作ることができる魔法です。対象は物理攻撃、魔法攻撃どちらでも適用されます。コツさえ掴めれば、この魔法は基本誰でも使えるようになりますよ」

「ま、マジっすか!」


 この一言でカンタはやる気を取り戻した。分かりやすい性格してるなぁ。

 先生は話をしながらも、一体どこから持ってきたのかと疑問に思うほど大きな岩の前に立った。


「はい。魔法に分類されていますが、どちらかというと技に近いかもしれません。詠唱は最低限度のものですが……溜めるという行為は簡単にはできません」


 エリン先生は腰に刺した剣のグリップを握り、そのまま少し動きを止めた。詠唱文字を唱えた後、数秒ほどは何も変わっていないように思えた。


 だが、徐々にエメラルドの輝きが鞘に集まってきた。剣に大きな力が宿り、引き抜かれた刃が輝く。


 光は天に昇ったかのように飛び上がり、少し遅れて岩が斜めに切断されて落ちていった。メラニー達は驚きの声を発した。


「うおおお! これ絶対使えるじゃないっすか」

「メラニーこれやりたーい。魔法で邸をドッカンしたい」

「邸はダメだ。お前はみんなを殺す気か」


 ちゃんと釘を刺しておかないと、妹は本当にやりかねないから怖い。まずはメラニーが意気揚々と岩の前に立つ。


「コツは精神を集中させたまま、魔力を集めることを意識するのです。他の余計な動きがあると成功しませんよ。さあ、やってみましょう」

「はーいっ」


 元気よく返事をした後、メラニーは詠唱をしてまずはフレアが撃てる状態にする。その後、チャージの詠唱を短く唱えてみた。


「ふーん! ふん、ふん!」


 必要あるのかないのか分からない掛け声を出しつつ、必死になってタメを作ろうとする幼女だったが、数分ほどしても特に変化はない。


「ふわあ。疲れちゃった」

「まだコツが掴めてないみたいですね。もうちょっと練習してみましょう。では次、グレイド様」


 人生で初めてかもしれない悩みで唸っている妹と交代し、続いて俺が岩の前に立った。


「グレイド様は物理でも魔法でもいけると思いますが、どちらにしますか?」

「魔法だ」


 右掌を上に向け、静かに詠唱をする。すると黒く電気を帯びた玉が現れた。ブラックボールと言われる、まあそのままの魔法だ。


「最初の段階から、けっこうデカくないっすか」


 カンタが戸惑っているようだ。その魔法に慣れており、魔力が高まってくると最初の時点で大きなサイズを生み出すことができる。


 今度はチャージ用の詠唱を行い、静かに魔力が集まってくることをイメージし続けた。


 黒い光の玉に、同じくして禍々しい塵のような何かが集まってくる。バチバチと雷を放ちながら、闇が増幅していった。


 しかし、持っている魔力量ではこの勢いは必ず一定のところで止まる。そこから更に限界を越えることができるのが、この魔法が素晴らしいとユーザーに評価される所以だった。


 ちなみに、いかにもありふれた魔法っぽいのだが、ゲーム序盤で教わらないと覚える機会がない。ある意味引っ掛け要素もある魔法だ。


 しばらく集中していると、変化は確実に現れた。どうやらチャージは成功したらしい。


 ブラックボールはいつになく巨大になり、俺すらも飲み込みかねないサイズへと変貌していた。後は力の赴くまま、岩めがけて解放するのみ。右手を正面に突き出し、方向性を示せば勝手に進んでくれる。


 黒い暴力が岩に触れ、包み込んで一気に爆散した。岩は粉々になり、チャージが予想以上の効果を発揮したことを証明している。


 先生が嘆息しつつ、何かうっとりした顔になっていた。


「危険な威力ですねぇ。これでグレイド様は、人間を超える可能性がグッと高まりましたよ。お喜びください」

「よく分からんが、喜ぶべきなのか」

「すげえ……! 坊ちゃん、マジで威力が半端ねえっす」

「ねえおにーさま、メラニーにやり方教えて!」


 チャージは成功して、俺は少しだけホッとしていた。ここまで魔法を覚えれば、序盤の戦いは問題ないはず。つまり運命の日で生存できる可能性は大きく上がったと思う。


 ちなみにこの後はカンタがやってみたのだが、上手くいきそうでなかなか成功せず、エリン先生が怒りの居残り授業を課していた。


 大変だろうが、俺もできればカンタとメラニーには覚えてほしい。戦い方の幅がグッと広がることは間違いない。


 そういえば二人の兄もいつの間にか仕事から帰ってきていた。魔法の練習風景を、遠くから興味ありげにイサック兄さんが眺めていた。


 彼もこの魔法を使えるのだろうか。ゲーム中には登場しない二人の兄の実力は、今のところ未知数だった。

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