第37話 グレイドは気がついた

 やばい。心臓がばっくんばっくんしてます。


 俺史上初めて女子に告白されるかもしれない。それもこんなに可愛い女子にである。


 しかし悪役貴族グレイドである以上、狼狽えるそぶりなど見せるわけにはいかない。ショック死する可能性すらある。


 待てよ。本当にこのまま女子から告白などさせてしまっていいのだろうか。ミナは明らかに緊張している。っていうか耳まで赤くなってきてる。


 心の中で焦りが加速していた。先に出た思考を、後から出てきた思想が打ち消すというループが続く。そもそも彼女はあの勇者の妹だ。そして殺されるかもしれない運命の日は間近に迫っている。そんな状況で浮ついたことをしている場合ではないはず……多分。


 数秒間という時間だったが、目まぐるしく思考回路が働きまくっていた。そして出た結論として、とりあえずここは話を進めないように誘導するべきという考えに至った。


 自らのヘタレさに呆れつつ、俺はミナに声をかけた。


「ミナよ」

「はい! は……すみません、大きな声になっちゃいました」

「いや、気にするな。それよりもだ。お前が俺に何を伝えようとしているのか、なんとなくだが察した」

「……え」

「だが、ひとまずはここまでにしておこう。俺達はつい先ほど、勇者から逃亡した身だからな。いきなり話を進めるというわけにもいくまい」

「……はい?」


 両手を胸に置いたまま、ミナは若干戸惑いを見せていた。その反応に、俺も僅かばかりの違和感を覚える。


「ゼールのことさ。勇者でありながら奴は猛獣の如き気性の持ち主だ。もしこのような話をしていたと知ったら、一体どうなることやら」

「あの……兄様は、勇者ではありません」

「そうだな……ん?」


 俺はとりあえず全てをゼールのせいにしてこの場を収めようとしたが、聞き捨てならない返しを受けて固まった。


「何を言っている? お前の兄、ゼールは勇者の力に目覚めたのだろう。ならば勇者と呼んで差し支えないはずだ」

「……お兄さまは、力を授からなかったのです。覚醒の儀の時に、はっきりと結果が出ています」

「なんだと?」


 頭を金属バットで殴られたような衝撃だった。覚醒の儀で目覚めなかった?


 ではあいつは一体なんなんだ。

 というより、結果として勇者は現れなかったのか。


 それはそれでまずい。もし勇者が登場しないのなら、今後現れる魔王達を誰が倒しに旅立つのか。


 ミナは先ほどまでの空気とは一転して、鎮痛な面持ちになっている。まるで触れてはいけないところを触れられたような、明らかに嫌な反応だった。


 だが、ここは確認しておかなくちゃいけない。今後のこととして重要だ。


「では、勇者の力を有する者は生まれなかったのか」

「いえ。私がその、勇者の力を授かりました」

「………………………………」


 どれほどの時間が経ったろうか。俺は陽光に照らされた彼女の美しい顔を眺めながらフリーズしていた。


 なんて可憐な姿なのだろう。桜の木に囲まれている今、どんな絵画でも表現できない優しい美を放っている存在と言える。


 そんな彼女が、勇者だって?


「な……なんという、ことだ」


 つい口から出てしまった言葉を、後悔という念が絡みとる。


 おかしいじゃないか。だってエタソの勇者といえば、ほぼ誰もが男性主人公を選ぶものなのだ。


 あの難易度高めのマニア向けともいえる、女子勇者が主人公になっていたなんて!


 っていうかなんだったの。あのゼールの辛辣な言葉に我慢した日々は。


「あ、あの。とりあえず、他の所に行きましょうか。この話は、また今度にいたします」


 恐る恐る提案してくる勇者の妹……ではなく勇者に、俺は小さくうなづいた。


「ああ、そうだな……」

「え、えーと! では、神殿の中を見てみましょうか」


 まだ頭が混乱していたが、神殿の中を見るくらい良いか、そう思った時だった。


 俺は気がついてしまったのだ。そういえば朝からだが、彼女は腰付近に小さなナイフを携帯していることに。


 あれ? ちょっと待てよ。どうしてナイフを持ってくる必要があったんだ?

 そしてこの後、あの神殿とは名ばかりのコロッセオを鑑賞しに行くと。


 ——ハッ!? まさか、俺をここで暗殺しようというのか?


 いや、もしかしてこの流れ、全てが計画されたものなのでは?


 つまり告白するという程にして油断させておいて、後ろからナイフでブスッとやるつもりだったとか。


 俺は背筋が震えた。前世では、大人しそうな顔をしている娘に限って怖いという話を聞いたことがある。告白すると見せかけてのアサルトアタックとは。ゼールが可愛く思えてくるほど怖い。


 そして次の瞬間、意を決したように勇者が動いた。スッと隣にくると、若干緊張した面持ちで服の裾を触ろうとしたのだ。その仕草や表情たるや、まるで恋する乙女そのもの。演技力がヤバイ!


「で、では。参りましょう」

「このどろぼうねこぉー!!」

「きゃあ!?」


 だが、ここでさらに大変なことが起きる。突如として物陰から何者かが飛び出し、勇者に飛びかかったのだ。さっき売り場で見た小さな店員に似てる。


「お嬢! ちょ、ダメですって邪魔しちゃ!」


 すると、また同じように売り場で見たガタイの良い店員がその子をミナから引き剥がそうとする。この二人、間違いなく知り合いというか身内である。


「カンタ、メラニー。何をしている」

「おにーさまにくっつくどろぼうねこを討伐しているっ!」

「あ、あの。メラニーさん」

「え、あー! 俺達はそのっすね。偶然! 偶然見かけてきたんすよぉ。お嬢、もう離れてくださいってば!」


 さてはずっと見てやがったのか。

 だが逆に助かった。俺は勇者の策略に乗ることなく、二人のお陰で窮地を脱することができたと思った。


 それからは四人で桜祭りを楽しむことになったのだが、俺だけは心落ち着くことができなかった。


 恐らくは高確率で、運命の日に命を狙ってくるのはミナになる。


 その事実は数時間では消化しきれないほどのショックであり、例えるならばバリバリのサラリーマンを人間不信にして一気に引きニートに変えてしまえるほどに凄まじい。解散して邸に帰るまで落ち着くことなどできなかった。


 ちなみにだが、邸でミナが勇者だったということをカンタに伝えたところ、


「え? そうっすけど。あれ? もしかして坊ちゃん、知らなかったんすか?」


 という返答が返ってきた。

 なんてことだ。カンタまでもが知っていて、俺が知らなかったなんて!

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