第36話 ミナと祭へ

 さーてと。とりあえず逃げることには成功したぞっと。


 俺は内心るんるんでミナの馬車に乗っているが、これからどうするかは全然考えてなかった。とりあえず町をぶらぶらしてもいいし、ここで降りようかな。


「あの、グレイド様」


 すると、遠慮がちに隣に座っていたミナが口を開いた。白くて小さな両手は行儀良くスカートの上に置かれているが、ぎゅっと握られていた。緊張してるみたいだ。


「よろしければ、私に埋め合わせをさせていただけないでしょうか」

「何の埋め合わせだ」

「兄が不敬なことをしてしまったことで、大変ご迷惑をおかけしましたので、せめて私が……と思ったのです」


 な、なんか消え入りそうな声だなぁ。儚さっていうステータスがあったら、きっとミナはカンストしているかも。ただ、別に彼女が責任を感じる必要なんてないのに。


「さっきも言ったが、お前は悪くない。埋め合わせなどしなくて大丈夫だ」

「……でも、やはり少しだけでも楽しんでいただきたいのです。……ダメでしょうか」


 上目遣いにこちらを見つめてくるその姿に、ちょっとどころじゃなくドキッとした。


 ◇


 心は冴えないおっさんである俺に断る術はなかった。グレイド的にギリギリ問題ない返答で同意を表すと、ミナはいつになく嬉しそうに笑った。


 きっとゼールの奴、今頃は血眼になって探し回ってんだろうな。


 ミナの馬車はゆるゆると町を進み、やがて王都への橋を渡っていた。


「ロージアンの桜祭りなどいかがでしょう。今年は特に綺麗な桜が色づいていますよ」

「悪くないな。そこにしよう」


 そういえば謎だったが、この世界の桜は長く咲いている。ポーン邸や王都は所々に桜並木があり、普通に散歩しているだけで目の保養になった。


 やがて馬車置き場で俺たちは降りると、そこそこに人混みがある通りへと進んだ。川沿いを美しい桜が彩り続けている。


「この先に神殿があるのですが、今年は本当に素晴らしい景色なのです。グレイド様は、以前こちらに来たことはありましたか」


 こういう質問には弱い。なにしろ過去の記憶はないのである。グレイドの奴は行ったことあったんだろうか。


「そこが気になっていてな。行ったことあったような、なかったような……」


 ぼかしてみた。俺の実年齢ならこれでいけるが、グレイドの年齢的には微妙。


「そうなのですね。私は毎年来ていますが、とても心に根付く美しさがあります。きっとグレイド様は初めてなのでしょう」


 特に怪しまれなかった。ふう、良かった。


 川沿いの道の後には公園へと降りる階段があった。市場みたいにいろんなお店があって、日本のお祭りにけっこう近い気がする。


 流石に金魚掬いとかはなかったけれど、オモチャの弓で商品を狙って当てるというものはあった。


「ぼ……お兄さん! 一等は豪華ぬいぐるみセットだよ。やってかない?」

「やってかない?」


 いかつい店員と子供が誘ってきた。小さな子供も店員として働いているらしい。五歳くらいかな。やけにぐいぐい誘ってくる。しかも二人ともお面つけてるんだけど、なんか変だな。


 子供店員に絡まれている俺をみて、ミナはクスクス笑っていた。


 まあ、やってみるのもいいか。


「どうだ? せっかくだしやってみるか」

「そうですね。ではグレイド様、どうぞ」

「最初はレディからだ」


 ミナは微笑を浮かべて一礼すると、慣れない手つきでオモチャの弓矢を持つ。スレンダーな体躯から放つ姿は格好いいが、矢は見当はずれの方向へと飛んでいってしまった。


「難しそうだな。次は俺か」


 今度は俺がやってみたところ、矢は当たったがぬいぐるみが落ちなかった。これ、絶対落ちないようになってる……。それでもミナは楽しかったらしく、店員と一緒に笑っていた。


 売り場を出てさらに歩くこと数分、百段以上は余裕でありそうな階段が姿を現した。


「随分と長い階段だな」

「はい。登るのがとても大変ですが、後少しだけお付き合い下さい」


 ミナは桜の花に負けないくらい綺麗な微笑を浮かべた。長い階段を登る時もこちらを気遣いながら、いろいろな話を振ってくれる。配慮に長けているというか、意外とお喋りなところもあるのが意外だった。


 階段を登りきった時、ちょっと息を切らしていたが、女子にしては体力あるなぁと感心してしまう。


「あちらが神殿です」

「おお、壮観だな」


 神殿というより、どちらかというとコロッセオみたいな外観してる。


「ここは戦神が降りる場所と呼ばれていて、大きな決闘を行う際は中を借り受けて戦うこともあったようです」

「決闘か……なるほどな」


 血生臭い匂いが残っているような気がして、俺はあまり良い印象を持てなかった。事実として、ほんの数年前まで平気で使っていたと思われる。


 ロージアン王国というのは、建国してまだ二十四年しか経ってない超若輩国だ。ゲーム中の説明では町民が軽く喋っただけだったが、元々この大陸には東の国ガルと西の国サフランが存在した。


 だが共に大量発生した魔物達に戦いを強いられ、両国ともほぼ滅亡寸前になってしまう。しかし、他大陸からやってきた勇者や多くの仲間達が加勢したことで形勢は逆転。英雄である彼らを筆頭として新王国ロージアンが合併誕生した。


 若い国だからこそ、今は猛烈なエネルギーに溢れているのかもしない。伯爵までしか爵位もなく、公爵などの爵位はこれから作られるそうだ。誰もが成り上がるチャンスがある。だからレオみたいな男が必死になっている。


 もしかしたら、俺と勇者はここで戦うことになるのかもしれない。そんなことを考えていると、彼の妹が少し声を緊張させて問いかけてくる。


「実は、この裏側に素敵な場所があるのです」

「ん?」


 あ、ここが目的地じゃなかったのね。近いような遠いような、変な距離感を俺たちは保ちつつ裏側に回ると、今度は血生臭さとは全く無縁の、聖域と呼んで差し支えないような景色が視界に広がった。


 どうやらここは展望台らしいが、平和記念の像などが置かれていて、神殿とは雰囲気がまるで違う。


「ここからでしたら、王都もリアンも、グレイド様のお家まで全て見渡せるんです」

「素晴らしいな。気に入った」

「あ、ありがとうございます」


 緊張しがちな返事をされたので、俺はつい笑ってしまう。


「俺達は同じ爵位の家柄であり同期だ。気を使わずとも良い」

「は、はい。そうですね。ちょっとまだ、慣れてなくて。あ、あの。話は変わりますが、実は私……この展望台にある伝説が好きなのです」


 展望台にある伝説、という話にふと首を傾げそうになった。エタソの中でそんな話はなかった気がする。ゲーム中でもここを調べることはできたが、イベントが発生するわけでもない。


「どんな伝説なんだ?」


 さらっと聞いてみたところ、ミナは少しの間もじもじしていた。白く透き通った頬が桜と同じ色になっていて、俺でなくても誰もが見惚れてしまうほどだった。


「実は……その。ここで告白されて付き合った男性と女性は、必ず幸せになれるという話、です……」


 鈴を転がすような声が、最後のほうは消えかかっていた。へえー、あるんだそういう伝説が。


「なるほどな。確かにこれだけ素晴らしい場所であれば、きっと幸せにする力はあるのだろう」

「そうですね! 私、ずっと憧れていたんです」


 いつになく元気よく返事が来たが、それからしばらくの間、なぜかミナは黙ってしまう。


 あれ? なんか言い出そうとしているような、でも悩んでいるような。


 まるで本当に告白でもするつもりみたいだな。でも誰に……告……白……。


 ハッ! ま、まさか?

 彼女は俺に——告白をしようとしているのか!?


 脳裏に電撃的な予感が走った。

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