第35話 ゼールの挑戦

 貴族同士の食事会は、想像していたよりもずっと賑やかなものとなった。


 せっかくの青空の下ということもあり、張り切ったカンタがガーデンパラソルとか諸々の準備をし、使用人達がせっせと野菜や肉、果物をこれでもかと運んでくる。


 父上や母上はもちろん、カンタもなんだかんだお喋りで、俺とミナはどちらかといえば受け身で話していた。


 ゼールもミナも模範生という感じで、俺の両親からの質問に快活に答えては笑顔を振りまいていた。


 時折ミナの視線が俺のほうへ向くこともあったが、気づかないフリをする。彼女の隣にいる金髪の猛獣を刺激しかねないからだ。


「いやはや、流石君達はギガスラック家だ。常に礼儀正しく、そしていつも周囲の人々に愛されている。君達の両親とは昔、それは大変な戦いを共にしたものだよ」

「逸話は聞き及んでいます。僕などでは到底叶わない大戦を、ローレンス様を筆頭に勝利してきたのですよね」

「それほどでもないさ。私など、ただの賑やかしでしかなかった。だが、君の父上は勇者だったからな。格が違っていたな」


 勇者という単語を聞いて、俺は若干口元が引き攣りそうになる。もう運命の日までは残り少ない。いつ何が起こっても不思議じゃないのだ。


 そういえばメラニーはずっとミナをチラチラ見ていたっけ。子供が好きなのか、ミナは視線に気づいては笑いかけるのだが、「シャー!」と威嚇してきたりするのでビックリしていた。


 更にはあろうことか、かなり嫌な質問を始めやがったのである。


「おにーさまとちちくりあっていたというのは、本当ですか!?」

「え? い、いえ。そんなことは」


 急にもじもじしてしまう年上のお姉さんに、妹は蛇のように喰らいつこうとする。


「おにーさまはメラニーのものですよ。りゃくだつはゆるしません」

「いつ俺がお前のものになった」

「ええ!?」


 なんで!? みたいな顔で見上げてくる妹。こっちが聞きたいわ。


「坊ちゃんは良い方と知り合いになりましたね。俺は毎日充実してるみたいで嬉しいっすよ」


 隣で飯をバクバク食っていたカンタが唐突に嬉し泣きをした。両親はいつもより饒舌になっているし、ミナも笑顔が増えていた。


 だが俺が気になっているのはやはり、急に口数が減ってきたゼールだった。


 ◇


 両親が邸の中に行き、カンタが抵抗するメラニーを連れてどこかへと去っていった。


「お嬢! 野暮なことはいけませんって。あっちで俺と遊びましょう」

「やだー! メラニーもおにーさまと遊ぶ」

「俺は遊ぶわけではないんだが」


 ガーデンパラソルの下に残されたのは、ポーン家の三男坊とギガスラック家の長男と妹の三人。さっきまでは眩しい微笑を浮かべていたミナだったが、急に緊張した面持ちになっていた。


 まあ理由は分かる。隣にいる男が殺気めいたものを放っているからな。


「ポーン家は本当に素晴らしいね。以前君のお母様の誕生パーティに呼ばれた時も思ったよ。ほぼ全てが秩序良く作られていて、貴族仲間の中でも別格だとね」

「お褒めに預かり光栄だな」


 ふん、と小さくゼールは鼻を鳴らした。その様子を見て、ミナが不安げに瞳を曇らせる。


「しかし、完璧にはなり得ないね。たった一つの汚点が全てを台無しにすることもある。何だか分かるかい?」

「お兄様、おやめ下さい」

「やめるって何をだ? 僕はただ、世間話に興じているだけじゃないか」


 敵意で染まった瞳が、じっと俺に向けられていた。


「お前のいう汚点とやらは、まったく見当もつかないな。先程とは随分と空気が変わったが、気に入らぬことでもあったのか」

「何を白々しい! お前の存在が汚点だと僕は言ってるんだ!」

「お、お兄様!」

「ミナ、お前は黙っていろ!」


 兄に怒鳴られ、妹は身を強ばらせた。


 こういう風にいつも怒られているのだろうか。そうだとしたら可哀想だ。自分が汚点呼ばわりされるのは、やってきた行い上ある程度しょうがないところだが、彼女は違うはずだ。


 ふと気づいたのは、いつの間にかアドレナリンが湧き出ていたことだった。


「聞き捨てならないな。この俺に対して、よく下劣な口を利けたものだ」

「何を偉そうなことを」

「お前よりは偉いつもりだが」

「貴様……」


 静かに席を立ったゼールの形相からは、怒気が溢れんばかりになっている。慌てたミナが立ち上がって止めようとしたが、俺が右手で制した。


「もう我慢ならない。これほどまでに度し難い男とはな。グレイド、勝負をしよう」

「なんの勝負だ」

「決まっている。僕らは戦いで名を成した貴族じゃないか。真剣を用いての決闘だよ」

「お、お兄様! 何をおっしゃるのですか」


 ミナはまるで貧血で倒れそうなくらい青い顔になっていた。俺は紅茶を一口飲み、小さくため息をつく。


「僕を今まで散々挑発しておいて、まさか逃げないよな?」

「面倒だが、勝負してやってもいい」

「グレイド様……」


 すがるような瞳。彼女からやめてほしいという意志が痛いほど伝わってきたが、俺は微かに笑って答えた。大丈夫だ、と言葉よりも態度で伝える。


「だが俺は今、武器を持っていない」

「は?」

「一階の真ん中、あそこに派手な部屋があるだろう? 実は武器庫でもある部屋だ。剣を持ってきてくれ」

「ば、馬鹿を言うな! どうして僕が持ってこなくちゃいけないんだ」

「決まっているだろう。面倒だからだ」

「何だと」


 はあーと、敢えて小馬鹿にしたようなため息をついてみる。


「決闘なんぞ俺にしてみれば退屈なものだ。まして相手がお前ではな。この俺自らが用意するくらいなら、やめてもいいのだぞ」

「こ、こいつ! 使用人に頼めばいいじゃないか!」

「ダメだ。お前の為にあいつらを使う気にはなれん。持ってこないなら、この話はなしだな」

「ぐ……こ……この」


 金髪の少年が握りしめた拳は、不吉な音を立てながら震えていた。ミナは落ち着きなく俺と兄を見つめている。


「分かった。ここから動くなよ。せめてもの情けだ」


 重く小さなつぶやきと共に、ゼールは大股で邸の中へと向かっていく。いつも迷惑をかけられていそうな妹が、堪らず立ち上がった。


「申し訳ございません! 兄が、その」

「気にするな。お前のせいではないさ」

「でも、このままでは大変なことになってしまいます。私、やっぱり兄様を止めてきます」

「必要ないぞ。そもそも、あそこに剣はない」

「え?」


 きょとんとした表情に小動物のような可愛げがあって、俺は思わず微笑んだ。


「そしてこの隙に、俺は町にでも逃げ出そうかと思っている。邸にいても暇だしな」


 ミナは肩の力が抜け、小さく息を吐いた。だが、すぐに何かに気づいたようで、また心配げに眉を顰める。


「避けていただけるのですね。でも、兄は逃げたと後々非難してくるかもしれません」

「構わん。俺という男のイメージとは、大体そんなものだ」


 なんと言われようと構わなかった。レオと戦いそうになった時もそうだけど、実力がはっきり分からない相手といきなり戦うのは避ける。


 俺は椅子から立ち上がると、ミナへ手を差し出した。穏やかな海のような瞳が、いつもより丸くなっている。


「卑怯ついでに、お前も連れて行くことにしよう。奴は一人で、虚しくこの家から帰ることになる」

「え!? で、でもさっき、待っているようにと」

「たまには反抗するのも良いものだぞ」


 悪戯っぽく笑って見せると、少ししてからミナも微笑を浮かべた。

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