第30話 グレイドの勘違い
「たしか……ゼールの妹だったか」
「はい! ミナ・ツー・ギガスラックと申します。覚えていてくださったのですね。光栄です」
花が綻ぶような笑顔を向けられ、俺は返答に窮した。数ヶ月会わなかっただけで、こんなに可愛らしくなるなんて。
それから少しの間、俺達は立ち話をしていた。てっきりゼールと双子なのかと思っていたが、実は彼女は飛び級で入学したらしい。相当な才女のようだ。
「あの、永遠の剣を読まれるのですか」
永遠の剣とは、先程手に取ろうとした小説の名前だ。名前がどっかのゲームに似てる。
「ああ。家にあったので読んでみたが、好きなほうだな」
「私もです。主人公の男の子が可愛くて、つい読んでしまうんです。グレイド様はどなたがお好きなのですか?」
「俺はヒロインだ。良くも悪くもはっきりしている」
「セリナは素敵な女性ですね。私も憧れます。……あの、えっと……」
話を続けようとしてくれる。優しい人のようだ。
だがおかしい。勇者の妹であれば、悪役貴族である俺にはそっけない態度を取るのが普通な気がする。とりあえず、俺は【永遠の剣】を手に取ると、ミナに差し出した。
「先に読め。俺は後でいい」
「え、で、でも」
「紳士とは、淑女に先を譲るものだ」
ぐおおおお。自分で言っといて寒気がする。しかし運命の日までは、なんとしてもキャラを貫かなければならない。耐えろ、耐えるのだ。
「で、では。ありがとうございますっ」
両手でハードカバーを受け取った彼女は、そのまま胸元で抱き抱えるようにした。まるで宝物みたいにぎゅっとしてる。
「もうすぐ授業が始まる。失礼」
「あ、はい! では、また」
この奇妙な好感度はどうしたことだ。やばい、心臓がドキドキする。
だが、こんな気持ちになっている場合じゃない。恐らく最大の障害となる相手に、ここは先手を打たせてもらうとしよう。
「お前の兄……いや。勇者ゼールによろしくな。逃げも隠れもしないと、伝えておいてくれ」
「はい。お兄様にも……え?」
いつでもかかってこい、というメッセージを暗に込める。彼女が戸惑うのも無理はないだろう。だが、どっちみち激突するのであれば、怒らせておいたほうがやりやすい。
◇
授業が一通り終了し下校時間になった。
俺は途中まで昨日の四人組と話しつつ、馬車置き場の前でお別れをした。カンタが迎えにきてくれたようだ。
さて、馬車に乗って帰ろうかとか考えていると、同じように馬車下校組の女子達がやってくる。驚いたことに、黄色い声が弾けんばかりの三人組の中にミナがいた。
流石にこの場で声はかけられないと思ったのか、微笑を浮かべて頭を下げてきた。俺はとりあえず手を軽く上げて答えるに留まった。
「坊ちゃん! お疲れ様っす!」
気を取り直して馬車に入ると、カンタは若干ニヤニヤしている。何か奇妙な感じがする。
「どうしたんすか? あの人、誰っすか?」
走り出す馬車の景色を眺めつつ、俺は若干面倒なことが始まる予感がした。
「ただの知り合いだ」
「ええー! なんかアレっすね。もうガールフレンドができたのかと思いましたよ」
「奴はゼールの妹だ」
「ゼールって……え!? まじですか」
興味津々のカンタの話し相手がめんどい。その後もあれやこれやと彼女と俺のことについて聞いてくるが、ひたすら適当に答えた。
まあいいや。邸に戻ればいつも通りになるだろうから。
◇
「お父さま。おにーさまががくえんで、おんなあそびをしています!」
家に帰ってから数時間後、食事の席で妹が父上に爆弾を落とした。夕飯のパスタが口から飛び出そうになったが必死で堪える。
カンタの野郎! 何をペラペラ喋ってたんだ。ちなみに食事のメンバーは両親と妹、カンタとイサック兄さんがいた。レオは他方の貴族達と交流パーティに参加しているとか。
「なんと! いかんぞグレイドよ。入学したばかりで女遊びなど」
「誤解です、父上」
「おにーさまの嘘つき! おにーさまは学業にせんねんすると言ったのに、女の人にせんねんしてる!」
俺が否定するとすかさずメラニーが割って入る。しかもなんか怒ってるし。すると慌てたようにカンタが割って入った。
「あ、いや! ちょっとオーバーな言い方しちゃったんすけど、仲の良さそうな女の子がいたんすよ。しかもとびきり可愛くて、えっと……ギガスラック家の人です」
この一言に反応したのはイサック兄さんだった。
「ああ! 知ってる知ってる。あの勇者さんか。父上、これは面白いことになりそうですよ」
父上はうむむ、と考え込むように腕組みしていた。すると母上が、
「グレイドもいつの間にか大人になったのねえ。あなた、ギガスラック家の皆様とは、特に親しくする必要がありそうよ」
などと煽っているような発言をする。勘弁してよ。
「やです! おにーさまが女の人にせんねんするのは、メラニーはやです! やー!」
「俺がいつ女に専念した。全て誤解だ」
だんだん泣きそうになったきたメラニーに、呆れたように間違いだと伝える俺。こんなことで泣かんでも。
「はは! 大丈夫ですよお嬢。坊ちゃんは要するにみんなと仲良くやってるんですって。よく男の子とも下校してますし、友達が増えてるんです」
カンタのフォローに、イサック兄さんは意外だなとオーバーリアクションをした。
「へえ。人付き合いが苦手なのかなって思ってたけど、どうやら違うみたいだね。良いことじゃないかな」
「それなりに話す者がいるだけです」
謙遜してはみたが、確かに友人と言えそうな人は出来てきている。ゲーム中では友人など一切存在しなかったグレイドだが、かなりルートは外れてきたようだ。
「おにーさま! メラニーも明日から学園にいく!」
「お嬢! 無理っす!」
「ヤダヤダ! ヤーダー!」
しかし賑やかな食卓だなぁ。早く俺の話題から逸れてほしい。すると、しばらく黙っていた父上が、意を決したように口を開いた。
「実はなグレイドよ。お前に今度お見合いをさせようかと考えていたのだ」
なんだと? お見合いだって?
「父上! おみあいってなんですか」とメラニーが質問すると、イサック兄さんが笑って説明しようとしたので、ぐったり仕掛かった俺がどうにか止めた。
「父上。私はまだ、見合いには早すぎるでしょう」
「いや。決して早くはないのだ。その歳で許嫁がいる者などいくらでもいよう。しかし……うーむ。そうかミナ嬢が。だがな、この前ある貴族家から手紙が届いていてな。うーむ」
やばい。なんか知らないうちにどんどん婚約とかの話が進みそうだ。考えたくはないけど、速攻で未亡人を作るかもしれない俺である。
その日はとにかく騒がしい話が続き、いつの間にかポーン家は明るい家庭のようになっていた。
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