第29話 ミナと再会
王立学園は寮が用意されているが、通学時間は馬車があれば余裕だったので、邸から通うことにした。
……実はだけど、これにはもう一つ理由がある。俺は寮生活っていうものがどうも苦手だ。前世の時にわりと苦痛だったことを覚えている。
ルームシェアもしたことはあるが、長続きはしなかった。そうした日本にいた頃の感覚を引きずっていたので、寮生活は初めから選択肢から外していた。
何はともあれ、四月八日がやってきた。
馬車で学園に向かうまでの道では、世話係のカンタからいろんなことを質問された。
「もう友達ができたんすね! 良かったじゃないすか。いやー安心したっすわ」
「友達というほどでもない」
事実、たった一日交流しただけで友達とは言い難いだろう。元々友達が少なかった俺としては、こうも順調だと逆に怖くなってしまう。
「いえいえ、最初の壁が取れてるようなら、きっとすぐ友達って言えるようになりますって。いやーとうとう坊ちゃんに友達が……くうう」
グレイドはマジで友達いなかったっぽい。子分みたいな奴らはやたらと作っていたけどね。
この程度の交流を知っただけでカンタが感涙にむせぶほど、孤独な人生を予想されていたのだろうか。
「坊ちゃんの青春が始まったんすね。ではお気をつけて!」
「ああ。行ってくる」
青い春が来ちゃったか。今更ながらに魂は二度目の学生生活なので、とにかく不思議な気分だ。だが、俺の青春なんてまだまだ普通の類かもしれない。通学路に出ると、ある女子がパンを口に挟んで疾走していた。
「遅刻遅刻ー!」
ヤバい! これこそ青春そのものじゃないか。スポーツ飲料のCMに出てくるそのまんまの姿に、俺はつい呆然と視線を送らずにはいられなかった。ちなみにまだ授業開始には時間があるはず。
まさか……ここであることが起きてしまうのでは?
俺の当たってほしくない予感はすぐに的中した。
桜並木の正門前にあって、彼女からみて曲がり角に当たるところから急に誰かが出てきた。
あれは——勇者ゼールだ! ま、まさか。
そして予感は的中してしまった。あろうことか二人は予定調和の如くぶつかり、彼女は尻餅をついてしまう。
「大丈夫か!? ごめんな!」
「あ……うん」
頬を赤らめる女子に、気さくに笑いかけるゼール。このあと彼らは二言三言会話をしたかと思うと、すぐに打ち解けて肩を並べて歩き始めた。
思い出した。そういえば勇者はとにかく運の成長率が高かったことに。無自覚に引き寄せる力があるのだ。
やるな勇者。こうも容易く青春のロケットスタートを切るなんて、やはり油断ならない奴だ。
それに比べて俺は……まあいい。無難なスタートが切れただけ、こちらは良しとしないと。とにかく俺にとって何よりも重要なことは、運命の日を生きて乗り越えることにある。
◇
いよいよ授業が開始されたが、予習をしていたおかげで初日は難なくこなせている。
文字や言葉の意味合いなど、前世とはあらゆる面で違うけれど、なんとか順応することができているようだ。とはいえ、やっぱり初日からレベルが高い。
俺やっていけるのかなぁ。不安なこの気持ちをなんとかしたいところだった。
気分転換に最適なものを考えてみると、やっぱ読書かなと。ということで昼休みの時間に、少なからず以前から興味があった図書室へと足を運んでみた。
円形の屋根と迷路の如く入り組んだ本棚の群れ。やはりというかスケールが段違いに大きい。
そういえばこの世界にも漫画があるらしいんだが、ここにはないのだろうか。学生が何十人といるようだが、少しも密度の濃さを感じないほど面積が広い。
最初は漫画のことを考えていた俺だったが、今後のことを想像すると呑気になり過ぎていた気がする。もっと有益な何かを読もうかな。
ただ、ある程度の準備は終えている為か、次にこれを調査しようという明確な目的がなかった。剣と魔法、魔物についての資料は膨大だが、差し当たって今読みふける必要はない。広く浅く、あらゆる状況に応じて対応できるように知識を吸収していくつもりだった。
特に目的もなくブラブラしていると、不意に朝の勇者のことを思い出した。正直に言うが、あっさりとキング・オブ・青春というようなイベントが発生している奴が羨ましかった。
ちくしょう! あんなことがあって堪るか。そしてあんな奴に颯爽と討伐なんてされてたまるか!
嫉妬の炎に心が焼かれている時、ふと自分が小説コーナーにいることに気づいた。
この世界にも小説はある。父も母もイサック兄さんも読書家なため、書斎にはいろんなジャンルの小説が収められていたっけ。退屈だった時に何冊か読んだことがある。
ただ、父の小説は濃い歴史物であるため読むのがかなり大変で、イサック兄さんのそれは純文学的なもので、これもまた進んで読もうという気にはなれなかった。唯一面白かったのは、母の恋愛小説だった。
まだこの世界には、小説家というものはあまり多くは存在しないらしく、図書室の中でも小説の数は少なかった。
「これは……」
ふと目にした小説は、母が愛読している小説家のものだ。
とある貴族と令嬢の運命的な恋愛ストーリーだが、ラブコメ的な軽さがあって、けっこう読んでいて楽しかった。
よし、とりあえずこれだけ借りて読もうかな。
俺はゆっくりと右手をハードカバーのそれに伸ばしていった。しかし、触れるかどうかというタイミングで、白くて細い指先が同時に本に伸びていることに気づく。
俺ともう一人の指先が、触れるか触れないかというところで同時に止まった。
「「あ」」
…………な、何が起こっているんだ?
グレイドとして表情を変えないことに必死になりつつも、俺はほぼ同時に手を引っ込めた人に視線を転じた。
そこにいたのは、まるで絵画から出てきたような少女だった。
煌めく金髪のショートカット。青空に宝石を散りばめたような碧眼。白く瑞々しい肌。こんな可憐な子を見たのは、日本でもこの世界でも初めてだ。突然の事態に心臓が暴れてるようだった。
白い制服のリボンは赤色をしており、どうやら俺と同じ一年生らしい。しかしどこかで見たような気もしていた。一体どこで?
頭の中を混乱が支配していた時、彼女が先に動いた。
「す、すみません。どうぞ……」
「……いい。お前が取れ」
「で、でも。……あ、あの……申し訳ないです。あの……グレイド様、ですよね」
落ち着きなくそわそわとした彼女は、躊躇いがちに俺の名を読んだ。
いやー有名人だね。っていうか、ここで普段の悪評が猛威を振るうんですかね。一気に天国から地獄に向かうような予感がした。
「俺を知っているのか」
「はい。あの、以前兄と一緒に、パーティにお招きいただいたものですから。私のこと、覚えていらっしゃいますか」
パーティに招かれた? ここ最近で行われたものとしては、たしか母上のお誕生日パーティがあったが。
……は!? 兄の存在……この金髪。ま、まさか!
俺は無表情の仮面を貼りつけたまま、プルプル震えそうになるのを必死で堪えていた。
この子は、あの勇者の妹じゃないか!
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