第28話 ロージアン王立学園
ミノタウロス事件から約半年近くの時が流れ、いよいよ四月七日。王立学園入学式の日がきた。
しかし、正門から続く桜の美しさに感動したり、三年間という時間に希望を抱いている場合ではない俺だった。
いよいよ運命の日である四月二十四日まで、あと一ヶ月を切っている。グレイド・フォン・ポーンが死ぬ予定が近づいているのだ。
この一年、俺は足りない頭で考えうる限りのことはやった。
心身ともに鍛え、ある程度の悪評改善に努め、仲間と呼べる(相手はどうか知らないが、俺は仲間だと思っている)奴らも僅かながらにできたと思う。
しかし不安は募った。この人生が終わってしまうこと、それはまた何かの始まりかもしれないが、更なる地獄の幕開けになる可能性も充分にある。
何より俺は死にたくない。一度死を経験したとて、あの感覚になれることは決してないだろう。
まるでスタジアムだなと思うほどに広い体育館。いや、ここは鍛錬場という名前だった。そこで校長先生が話す言葉は、なんとなくどうでもいい話なのが定番だ。
入学式が始まり、列の後ろにいる俺は欠伸を堪えていた。遠巻きに見える教師達に怒られそうな気がしたからだ。
山のように大きなプロレスラーみたいな教師、Sっ気全開の女王様感ありありの女教師に、中肉中背だがどことなく凄みがある若い男性教師と、個性豊かな面々が油断なく生徒達を見つめている。
彼らはみな我々に学びを与え、試練を与えると共に常識を教えこむプロだ。そういえばだけど、この学園は世にあるいくつものファンタジーに登場する学園のように、戦いをメインに教える場所ではない。
地理に歴史に数学、化学的なものだったり、あとは商業的な授業も多分に含まれている。できれば武術というより、勉学に秀でた存在を世に送り出したいという国王の願望に沿った方針だった。
さて、そろそろ解散になるのかなと思いぼーっとしていると、新入生挨拶という単語が耳に入ってきた。
すると、今まで静かにしていた生徒達が思わずざわついた。何事かと壇上に目をやると、彼らが声を漏らす理由に納得がいったのだ。
新入生代表として壇上に上がったのは、あのゼールだった。いかにも好青年なイケメンスマイルを浮かべ、颯爽と壇上に上がる。
「春の息吹が感じられる四月、私たちはロージアン王立学園に入学することが叶いました。 本日は私たちのために、このような盛大な式を挙行していただき感謝に耐えません。誠にありがとうございます。 新入生を代表してお礼申し上げます。まず私は——」
みんなが食い入るように奴の話を聴いているなか、俺はとうとう我慢できずに欠伸をこぼした。誰が語ろうとも、退屈なものはやっぱり退屈だ。
この時、不思議なことに奴への警戒が薄らいでいた。遠目から観察している限り、あまり成長してはいないように思えたからだ。
この予想については的中した。だが、俺はもっと肝心なところで、大きな間違いをしていたことに気がつくことになるのだが。
◇
白亜の宮殿みたいな外観の王立学園は、中身においても別世界だった。
普通学校の教室っていえば、大雑把な四角い部屋に生徒を迎えているが、ここの教室は一つ一つが大学みたいだ。
黒板と教壇が最下層に置かれ、映画館みたいに段差がつけられたそれぞれの席。いやー、凄いね。
陳腐な感想しか浮かばなかったが、先生にしても生徒にしても、なんとなく上品さが漂っている。どうやらほとんどの生徒が貴族の家柄らしい。
「おい、あいつ見たかよ」
「グレイドだろ。グレイド・フォン・ポーン」
「大変だわ。人の皮を被った野獣と一緒のクラスだなんて」
「しっ。聞こえたら大変。殺されちゃうから」
全部聞こえてるわ! なんでああいうヒソヒソ声って響くんだろうな。それにしても、学園に来たばかりでここまで酷いイメージを持たれている奴も珍しい。だって入学してから半日も経ってないよ。
なんてことだ。俺としては、少なからず悪評を払拭できていたんじゃないかと思ってたんだけど。もうちょっとしたら今日は解散になるはず。先生がやってきてHRをするまでの辛抱だ。
「君、もしかしてグレイド君じゃない?」
苦痛に苛まれた学校生活が始まる予感をひしひしと感じていると、不意に肩を叩く者がいた。見上げると四名ほどの男女がいた。
ま、まさか……いきなり「HR終わったら屋上来いよ」とかって呼び出しを受けるんじゃないよな?
無表情の仮面の奥で狼狽しまくっていると、男子生徒が人懐っこい笑顔を見せた。
「ああ、やっぱり! あのポーン家のグレイド君だ。俺達君の話を聞いててさ、是非一度話してみたいと思ってたんだ」
「……俺を知っているのか」
「勿論! ミノタウロス達から子供を救ったって話、みんな噂で聞いてるよ」
あれ……なんかちょっと好印象じゃない? そう言いつつ屋上に呼び出したりしないよな? な?
「ねー! HR終わったらあたし達とご飯行かない?」
「剣の達人だって聞いてるけど、俺にも教えてくれないか?」
あまりにも突然の誘い。まさか初日から気さくに話せる奴がいるとは。日本で過ごした高校時代とのギャップに面食らった俺は、しばらく呆然としてしまった。
なんだかんだで一緒に帰ることになり、学園生活一日目は意外なほど順調に進んだことに驚いた。
どうやら少しずつだが、グレイドという男のイメージは変わりつつあるらしい。
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