第27話 勇者の変化
ポーン家のパーティから約半年の時が流れ、4月5日が訪れようとしている。ロージアン王立学園入学式まで、残すところあと二日となっていた。
勇者の力に覚醒したミナ・ツー・ギガスラックは入学に必要な準備を全て終え、武術の家庭教師より剣を習っていた。
ちなみに兄のゼールは、ギリギリまで入学の準備に追われており、今日は一日邸にはいない予定である。要領の良さという点では、兄は決して妹に叶わなかった。
この数ヶ月でミナは成長していた。背は少し伸びて、自然と容姿に可憐さが増している。外を歩けば誰もが振り向くほどだ。
青い瞳はいくつもの光を持ち、白い肌は陽光に照らされると輝くようだった。
しかし、自然な成長とは別に、彼女自身が躊躇いながらも強引に変えたものもある。それは髪であった。
腰の近くまで伸びていた金髪は、ショートカットに整えられている。剣も魔法も扱う勇者にとって、長い髪は必要ないと兄に言われ、切ることを半ば強引に決められたのだった。
しかし、それでも兄を恨むようなことはしなかった。彼が叱ってくるのは自分が至らないせいだと、彼女は良心的に解釈している。事実は少々異なるが、ミナは人を悪く思わない癖があった。
彼女はレプリカの剣を構え、白髪が目立つ老剣士と合間見えている。本来ならばエリンという家庭教師を雇うはずであったが、彼女はどうしてもスケジュールが合わないからと、丁重に断られていた。
「はぁっ!」
短い気合と共に、ミナは教師に向けて袈裟懸けを放った。熟練の教師は最小限度の動きでかわすと、空いた胴体に向けて突きを放とうとする。
ミナはギリギリのところで反応が間に合い、柄頭で切っ先を弾く。肌からは汗が浮かび、細くしなやかな腰が回転するさまはダンスを踊っているように華麗だった。
この数ヶ月の特訓を経て、彼女の動きは剣士のそれに近づきつつある。しかし、老剣士が剣を巧みに操り、いくつもの連激を見舞うと徐々に追い詰められてしまうのだった。
今日もその細く頼りなげな首筋に、剣の切っ先が触れる寸前で止まった。
「……参りました」
「いやはや、ミナ様は大したものでございますよ。才ある男でさえ、ここまで急成長を遂げる者は少ないでしょう」
老剣士はお世辞ではなく、本心で彼女の成長を認めていた。実のところ、後少しのところで勝てるほど、両者は力の差が埋まりつつある。
「ありがとうございます」
言葉とは裏腹に、ミナの返事は暗い色を帯びていた。碧眼にうっすらと涙が滲む。確かに普通の人々の中に入ったなら、成長著しい存在として誉められるかもしれない。
だが、自分は勇者としての力を有している存在だ。今まで花を愛て、料理や裁縫を好んでいた少女だったとしても、さらに成長していかなくては認めてもらえない。
誰よりも兄が許そうとしないだろう。
それに、現実の戦いが残酷で際限なく厳しいものだということも、ミナは兄より何度も聞かされてきた。自分の力や考え方、知識では到底足りないと。
剣の授業が終わり、体術や魔法の授業をこなした頃には日が暮れかかっていた。少しずつ体は慣れてきているが、やはりまだまだ体力が足りない。華奢な体はふらつき、食欲は減退していた。
しかし、ミナにとっては悪いことばかりでもない。いよいよ楽しみにしていた学園生活が始まろうとしている。
どんな出会いがあるのだろう。どんな発見があるのだろう。十四歳の自分には、まだありとあらゆるものが大きく映る。
その中でミナが一番気になっていることは、実は隣の領地を治める貴族の息子についてだった。
(あの日、グレイド様は私を助けて下さった)
夜、部屋で入学式の資料を眺めながら、彼女は一人考えていた。グレイド家のパーティで、兄に殴られそうになったこと。そこに割って入った彼のことを。
(みんなが言うような人とは、どうしても思えない)
腕づくでゼールを抑えたグレイドの行為は、少なくとも感謝に値するものだ。自分はあの時、助けてくれたお礼を伝えることが叶わなかった。後悔が頭をよぎり、ここ最近ではいつも頭のどこかに彼がいた。
何よりも印象的だったのは、グレイドの自分を見る瞳だった。一見すると軽薄そうな雰囲気を纏っている。だが赤い瞳の奥から、何か暖かいものをミナは感じ取っていた。
もし同じクラスだったら、すぐにでも話しかけに行きたいと思った。しかし、入学式のパンフレットにはクラス分けの詳細が書かれており、どうやら自分とは離れたクラスに振り分けられたようだった。
ただ、もし同じクラスだったとして、自分がしっかり話しかけられるだろうかとも思う。
彼が自分のことを忘れていたらどうしよう。想像するほどに兄や目上の人と接するものとは違う、奇妙な緊張を覚えるのだ。
この緊張がなんなのか、ミナにはよく分からなかった。
「明後日、会えないかな……」
ベッドから降りて窓を開くと、無数の星々が彼女の視界を癒した。
もし今、流れ星が降ったのなら……彼とお話しする機会をもらえることを祈ろう。
そう思って見上げた夜空は、いつまでも変わらずに彼女を慰めるに留まった。
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