第24話 田舎で起きる事件
俺が想像しているよりあるいは、この世界は変貌を遂げているのかもしれない。
勇者のあの行動を見て、内心では愕然としていた。主人公はナチュラル紳士であり、女子に手を上げるなどということは絶対になかった筈なんだ。
ましてや殴りかかるなど!
この世界は変わってしまったのか。もしかしたら、俺のせいで歯車が大幅に狂った可能性もある。でも、さすがに考えすぎだと苦笑した。たった一人の選択で大きく狂うほど、グレイドも中の俺も大物ではない。
胸糞悪くてしょうがなかったが、勇者のことは一旦置いておくしかない。
一つやっておきたいことがある。俺はある日、カンタとある男を連れて町を出た。それとなぜか妹もついてきてしまったが、もう気にするのはやめた。
◇
馬車は優雅にある場所を目指して進んでいる。領地の北端にある地区は農家ばかりで、山と森と田んぼが美しく目を癒してくれる。
「坊ちゃん。どうしてこんな奴を連れてきたんすか? ただのゴロツキじゃないですか」
しかし、カンタは納得できないことがあるらしい。ただ一人、ここには普段あまりいないメンバーがいる。でもね、君のほうがゴロツキっぽいよ。
「ごろつき? ねーねーおにーさま。その人、ごろつきさんっていうの?」
座っている俺の手を握っているメラニーが、不思議そうに聞いてくる。
「違う。こいつは俺の子分の一人、ロイドだ」
「へ、へへへ! そうです。いやぁ、久しぶりに会えたのに、なんか冷たい感じですねえ」
「ああ? お前、馴れ馴れしく坊ちゃんに話しかけんじゃねえよ」
「ひい!?」
カンタが睨みを利かせたので、ロイドは怯えて馬車から落ちそうになってしまう。俺が転生した時にそばにいた子分の一人だ。
こいつの印象が悪いのは、痩せぎすのキツネみたいな顔と、長く垂らした髪が陰気に見せている外見よりも、性格的な部分が大きい。
このロイドという男、口の軽さと噂話の巧みさでいえば町随一とさえ言われている。無論皮肉が混じった評価で、人のことを好き放題に喋りすぎる故に敵も多い。だが、ゴマをするのが上手かったからグレイドに気に入られていたというわけ。
当然、カンタもまたロイドを知っていた。だからこそ、今回連れて歩くことを嫌がっている。
「坊ちゃん。こいつは降ろしていきませんか。なんなら今すぐ蹴落としますよ」
「そう邪険にするな。たまにはこういうメンバーで遊ぶのもいいだろう」
「ねーねー! メラニー勇者ごっこしたい。メラニーが勇者で、みんなが魔物! 魔法でバーン! って吹っ飛ばすの」
「断る。死人が出る」
意外と冗談ではなさそうだから怖い。まあ、何はともあれ、狙っていたとおりに事は運んでいた。
俺はのどかな景色を求めて、この町はずれに来たという程にしていたが事実は違う。
恐らくは勇者達がパーティに参加したことで、選ばれなかったイベントルートが存在するのだ。それを回収することで、俺のイメージを多少は回復させるという狙いがあった。
馬車には実は武器も積んである。レプリカではなく本物の剣や棍棒だ。
◇
田んぼ道が続くなか、遠目に井戸端会議っぽいのが見えた。退屈し通しだった俺は、ようやく渦中の人物と会えたことに気づいた。
「カンタ。道が塞がっている。どいてもらえ」
「うす!」
俺の頼みを聞いたカンタはすぐに馬車から降りて、ずんずんと歩きおじさんやおばさんに話しかけにいく。社交性が高い強面の男は、笑いながら道を開けてもらうよう頼んでいた。
しかし、おじちゃん達は簡単にはどいてくれない。何やら必死な様子に、カンタも戸惑いを覚えたようだ。少しして、うちの世話係は急ぎ足で戻ってくる。
「坊ちゃん。ここの人達、今やばいことになってるみたいっすよ」
「やばいことってなにー?」
俺の代わりにメラニーが質問した。カンタは困った顔で髪をわしゃわしゃする。
「なんか、チビどもが山に遊びに行ってから帰ってこないって言うんですよ。でも、実際に見に行ったら誰もいないんだとか。もしかしたら人攫いかもしれないって。憲兵を呼ぶか相談してたみたいっす」
「ほう。山とはどこのことだ?」
焦った顔になっているカンタは、少し先にある一番大きな山を指差している。
「あーあ。多分終わったんじゃないですかねえ。あの山、魔物が隠れてるって噂があったんですよ。子供達はもう、みんな食べられたのかもしれませんねえ」
「てめえロイド。おっちゃん達の前でロクでもねえこと言ってんじゃねえぞ!」
誰しもが杞憂に終わると信じたい。しかしロイドの言い分は真実に近かった。事実あの山には魔物が隠れ住んでいる。そして子供達はまさに攫われている。
喰われるのは時間の問題だった。
「魔物がいる……か。そういえば山登りは、しばらくしてなかったな」
「え? あ、はい。そうっすね」
「馬車をもう少し進めたところで止めろ。退屈凌ぎを始めるとしよう」
助けに行こう、なんて素直にいうグレイドではない。でもこれだけで、カンタとメラニーには伝わったようだ。
「魔物退治! 冒険だ!」とはしゃぎだすメラニー。
「へへ、やっぱ男らしくなりましたね。坊ちゃん! しゃあ! じゃあ行きますか!」
話は決まった。カンタが山に向かうことを説明すると同時に、念の為憲兵を呼ぶことも村人に頼ませる。
イメージ回復という目的もあるが、やっぱり子供が沢山殺されるっていう展開自体、どうしても看過したくない。
馬車を降りて、魔物の存在に注意を払いながら山道を登った。俺が先頭になり、続いてロイド、メラニー、カンタの順番だった。妹を真ん中あたりに置くことで、襲撃されても守れるようにしなくちゃいけない。
「ねーねーおにーさま。なんかピクニックみたい!」
と、前もって決めていたのに、メラニーはひょこっと俺の隣までやってきてしまう。カンタが慌てて小走りになって隣に並んだ。
「お嬢。気をつけてくださいよ。敵はいつ現れるか——あ!?」
咄嗟に俺は右手でメラニーを覆うようにしゃがみ、カンタは思わず後ろにのけぞって転びそうになった。
いきなりご挨拶だな。飛んできた矢は、後ろの樹木に突き刺さり、紫色の液体が溢れていた。
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