第25話 裏ルート

「ひ、ひええ!? ど、毒矢ぁ!」


 自分は全く擦りもしなかったのに、ロイドは怯えまくって尻餅をついている。


「坊ちゃん、お嬢、怪我はありませんか?」


 カンタが息荒く駆け寄ったが、俺は涼しい顔で笑った。メラニーはキョロキョロと周りを見渡している。


「今のなあに? てきしゅー?」

「罠だな。ここに来ることが読まれている」

「マジっすか。罠を仕掛ける魔物って、相当厄介っすよ」


 頷きつつ、俺は背後にいるロイドに視線を転じた。


「ロイド、何をしている?」

「へ!? い、いえ。別に」


 さっきよりも後ずさっている男は、明らかに自分だけが逃げようとしているのが丸わかりだった。


「あー! てきぜんとうぼうだ! おにーさま団長! 奴をしょけいしますか?」

「……処刑はしないが、このまま逃げるほうが危険だとだけ、伝えておくとしよう」


 団長ってなんなんだ。メラニー脳を理解しようとすると沼にハマるのでやめておこう。カンタとロイドは微妙に首を傾げていた。


「坊ちゃん。逃げるほうが危険っていうのは、どういうことです?」

「もう山の深いところまで来ているからな。魔物達がこちらを察知したなら、回り込まれる可能性もある。他に罠を仕掛けていたのかもしれない。一人で帰っている時に罠にハマれば、最悪死ぬだろうな」


 お喋り好きな痩せ男は恐怖のあまり顔を引き攣らせていた。だが、この推測は当たっていない。罠第一号はさっきの矢で、他はこの奥に進まない限り登場しないようになっている。


 奥には洞窟がある。あの魔物達はそこで、子供達を一人一人いたぶってから殺すつもりだ。


「くそ! そいつあヤバいっすね。ここから先に罠が沢山あるかもしれないし……かといって悠長にもしてらんねえっすよ」

「ねえねえおにーさま。罠が見える魔法とかないの?」


 罠が見える魔法というのは、確かにある。でも、残念ながら俺たちはまだ習ってなかったんだよね。詠唱を知らない以上は使えないわけで。でも、実は今回はそうした対処は必要なかった。


「姑息な魔法など俺は知らん。だが、もっと堅実かつ早い方法なら存在する」

「なになにー?」

「な、なんだぁ。グレイド様もお人が悪い。ちゃんと方法あるんですね」


 ロイドがこちらに擦り寄ってきたのを、無言でカンタが止めた。


「このまま普通に登るのではなく、あの急斜面を通っていくぞ。そうすれば裏をかけるはずだ」


 俺は右脇に見えるけっこうな角度の草むらに視線を送った。メラニーは「わああ! 冒険って感じ」と喜んだが、カンタとロイドは「えー……」という顔になっている。


 普通は誰も通らない、危険なだけのルート。しかも急斜面だから落ちたら大変なことになってしまう。だが、この道こそ実は最適解であることを、ゲームを何度もプレイした俺は知っている。


 ◇


 それから数十分程が経過した。俺はメラニーを肩に乗せて、斜面をゆっくりと登っている。ロイドは時折足を滑らせそうになり、最後尾にいるカンタが助けていた。


「しっかりしろよ。死んでも知らねえぞ」

「ひいい! く、来るんじゃなかったぁ」


 たしかに、ちょっと可哀想なことしちゃったかもな。後悔しつつもせっせと登っていると、メラニーはやはりお気楽ムードで目を輝かせていた。


「おにーさまの肩、すっごい高い!」

「……あまり揺らすなよ」

「おにーさま、なんで優しくなったの?」


 山を登りながら、俺は苦笑しそうになる自分を抑えた。そりゃあ、違う人だからですよ。なんて言いたいところなんだけどね。


「俺とて、いつまでも子供ではない」

「かっこいー! メラニー、おにーさま好きっ」


 ぎゅうっと顔を抱きしめられ、視界が狭まってバランスが崩れそうになった。子供にこんなことを言われるのは正直嬉しい。っていうか可愛い。でも、場所が場所なだけにヤバいって。


 しかし、俺たちは結局のところ斜面を転がり落ちることはなかった。そして、山頂近くにある洞窟を見つけたのである。


 妹を降ろし、ゆっくりと洞窟の中へと向かう。


「だ、大丈夫っすかね。このまま入っちゃっても?」


 カンタが額に汗を浮かべつつ、囁くように聞いてきた。


「心配するな。誰があのような斜面をわざわざ登ってくると予測するか。だが大きな音は立てるな。それと武器を用意しておけ、いいな」


 コクコク、とカンタとメラニーが首を縦に振る。ロイドもまた小さなナイフを手にしたが、戦う前からプルプル震えてる。


 洞窟の中は真っ暗というわけではなく、幾つもの松明で明かりが確保されていた。うねるような曲がり道を進み続けると、人工的な木製の扉が姿を現し、奥からなにか物騒な悲鳴が耳に入ってきた。


「ロイド。鍵を開けろ」

「え……」


 一瞬固まったモブ男。そうか、この戸惑っている感じからすると、こいつは解錠スキルを持っていることを、グレイドには話してなかったのか。


「お前の噂もまた広まっているのだ。分かったらさっさと開けろ。猶予はない」

「は、はい」


 怯えるように静かに扉前にきたロイドは、隠し持っていた針金のようなものでカチャカチャとやり始める。ものの数秒であっさりと鍵が外れる音がした。


「あ、あの。出来ました」

「早いなおい」


 とカンタが感心した声をあげると、メラニーはぱあっと興味津々の笑顔で扉を見つめる。


「ねえねえ! メラニーもやってみたいっ。今度教えて」

「お、お嬢。ダメっすよこんなこと覚えちゃ」


 うーん。やっぱ子供だからか、呑気なんだよなぁ。まあしょうがないか。俺は静かに扉に手をかけ、ゆっくりと弾いてみる。


 想像していたとおり、その先は数個の樽に遮られていた。ここは裏口も裏口。ほぼ使われなくなった扉だということは知っていた。


 さて、ここからは派手にやるか。

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