第22話 奇妙な二人
ダンジョン・ストーン。
この怪しく煌めく宝石には大きさや種類があり、難易度の高いダンジョンから取れるものほど価値が高い。
ランクAのダンジョン・ストーンを取ってこれる貴族など、大陸中探したところでよくて数人、もしかしたらレオ以外には誰も取れない可能性もあるとか。
恐らくはゲーム中の俺は、ここで盗みでも働いたのだと思う。学園全体をダンジョンに変えるなんて力は、そうそう低ランクの石では実現しないだろう。
「こんな風に展示しているのは物騒ではないですか? 誰かが盗むかもしれません」
「ははは。その心配には及ばないよ。そこそこ厳重に警備する予定みたいだし。それに、今回招待した貴族達の中で、盗みを働こうなんて低俗な考えを持っている人はいないって、レオは話していたよ」
警備は一応しているけれど、招待した貴族連中は最大限に信頼している、そう暗に伝える意図がこの展示フロアにはあるんだ、と兄さんは補足した。
「美しい信頼関係ですね」
俺は皮肉めいた口調で言った。長い付き合いでもないのに、どうしてそこまで信用ができるのか疑問で仕方がない。少なくとも、家名に誓ってとか、そういう誓いごとの類ですら信じる気にはなれなかった。
そこまで話して、不意に違和感に気づく。イサック兄さんから先ほどまでの微笑が消え去り、こちらを憐れむような悲しげな顔に変化していたんだ。
「グレイド。君が僕らの中で、とても不遇な環境に置かれていたことを、僕は知っている」
真面目な空気になったので、俺はとりあえず黙った。あ、やっぱ不遇だったの?
「父とレオは君のことをこれっぽっちも認めやしないからね。酷いものだと僕も思う。ただね、間違えてはいけないよ」
「どういうことでしょうか」
「さっきのダンジョン・ストーンを見つめる目には、少しばかり危うさがあったからさ。あの血のように赤い石を使えば、どんな巨大な敷地もダンジョンに変えることができる。多くの人間に復讐を行うことはきっと可能だ。そうなった時、誰も君を止めることはできないだろう」
淡々と語るその瞳、その表情と似たものを前世で見たことがあった。俺はただ静かに聴いている。
「絶対にしてはいけないよ。絶対にだ」
「分かっています。ダンジョン・ストーンなどという恐ろしい力は、私には必要ありません。誓って使うことはないでしょう」
慎重に言葉を選びつつ本音を伝えた。そこまで聞くと、イサック兄さんは頬を緩める。
「良かった。それを聞いて安心したよ。さあ、そろそろパーティが始まる。今日は大いに楽しもうじゃないか」
兄に肩を叩かれ、陰気な室内から賑やかな会場へと足は軽やかに進んでいった。
俺は心根が腐ったグレイドではない。多くの人間を惨状に追いやり、悲劇的な最後を遂げるような真似は決してしない。
もう最悪のルートは回避がほぼ確定していると、少しばかりの自信を持っていた。
◇
やはり貴族のパーティは豪勢だ。なんていうか。白いパラソルと白い丸テーブルの下にいくつも並べられた酒や果実、料理の数々は、見た目も中身も星三つであること請け合い。
一体どれだけの人数が集まっているのかもよく分からない。庭一面が宴会場みたいになっているし、大広間は巨大なクラブ会場みたい。当然ダンスを踊っていただけませんこと? なんて誘われたら死ぬので俺は庭でぼーっとしていた。
沢山いる人混みの中で、視線をすーっと動かしていく。するとなにやら変なものが視界に入った。
邸近くの目立たない木陰で、何やら様子がおかしい二人組がいたのだ。
ここで俺の中に電撃的な予感が脳裏を掠めた。
まさかダンジョン・ストーンを盗もうとする輩がいたのではないか。そう考えもしたけれど、遠目ながら二人は男女の模様。男女……しかも若そう。
まさかとは思うけど。いや、本当にあり得ないこととは思ってるんですけど。昼間から、その……あんなことや、こんなことしようとか考えてませんか? っていうかもう、始まってませんか!?
突如として舞い降りた強烈な予感に、足が勝手に木陰のほうへと進んでしまう。
けしからん。実にけしからん。覗こうなんて思ってないんだからね! 本当に、一ミリ程度しか考えてないんだから!
「……だろ」
「あの、でも」
小さく囁き合う二人。相当お金持ち感の漂う格好してやがるなぁ。やはり泥棒目的とは思い難い。俺は木陰に隠れる二人からさらに隠れる位置取りをし、様子を伺った。
「この程度のことで躊躇うような奴が、世界を背負えると思うのか」
「……で、でも。皆様はあまりそういったご気分では」
「いいからやるんだ! 宣言するくらい簡単だろう!」
男のほうが怒鳴り始めた。あれ? なんか俺が想像していた展開と違うぞ?
「む……無理です。恥ずかしいです」
「お前という奴は、それでも俺の妹か!」
金髪の男が突然拳を振り上げた。あってはならない殺気。拳は明確に、一人の少女の顔面に向けられているように見えた。
迷う必要はない。母上のパーティ会場に、淑女への暴力などあってはならない。一気に奴との距離を詰め、獣のように獰猛なその腕を掴んだ。
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