第21話 母の誕生日パーティ

 天気は晴天とはいかず、かといって荒天でもない曇り空だった。


 ポーン家婦人であるエライザ・フォン・ポーン、つまり母上の誕生日パーティが開かれようとしている。


 俺、グレイドは今日ばかりは白い燕尾服をメイドに着せてもらうことになった。それもレオやイサックが召し抱えている美女メイド達に。


「グレイド様、こちらでいかがでございましょう」


 鏡を見てビックリ。めちゃくちゃ決まってるじゃないですか。


「まずまずだな」


 だがグレイドはこういう時、素直な感想を言わない性格だったので、申し訳ないが淡白な回答で締めさせていただく。


 まずは母上の部屋に朝の挨拶をすることとなり、廊下に出ると一丁前におめかしをしたメラニーがいた。黄色のドレスが似合うっていうか、まるでひまわりが人間になったみたい。要するに可愛い!


「おにーさま! メラニーはいちにんまえのレディになった」


 へへん、と言わんばかりにドレスの裾を持ってふわりと回ってみせた妹。俺は普段キザに振る舞う癖すらも忘れそうな破壊力に打ちのめされ、少々サービスをすることにした。


「レディまでは長いな。だが、似合っているぞ」


 そう言いつつ、無表情ながらも頭を撫でてやる。するとメラニーは驚いた顔をした後、「えへへ!」と嬉しそうにニコニコ顔になった。


 上機嫌の妖精みたいな妹と一緒に三階の奥、母上の部屋に入ろうとしたところ、意外な人物が扉の前で突っ立っていた。


 俺の世話係であるカンタが、どういうわけか気まずそうな顔つきのまま、廊下でじっとしている。とりあえず声をかけてみた。


「どうした? 入らないのか」

「あ、坊ちゃん。おはようございます。いや、だってあれですから。俺、正式にポーン家の一員かっていうと、微妙なところじゃないですか」


 そうか。カンタは元々は父が認めたことでポーン家で働いているが、家の人間として認められているかということは、はっきりと言質をもらえていない。公の書類にも名前は記載されていないのかも。


 だが、この男は本当に家のために尽くしている。休みなんてなくてもいいっていうくらい父の為にいろいろと仕事をしているし、可能な限りグレイドにも世話係として尽くしていた。


 一家の一人を名乗るには、もう十分貢献してるんじゃないかな。


 俺の考えが合っているかは分からないが、やはりカンタがいつまでも蚊帳の外なのは納得できない。


「お前も入れ。一族の者として、パーティの主役に挨拶なしというのは許されんぞ」


 するとカンタがいつになく神妙な顔でじっと見つめてきて、瞳が潤み出してきた。内心戸惑う俺であった。


「坊ちゃん。それって……! いいんすか」

「ああ」

「カンタもメラニーのおにーちゃん!」


 メラニーが笑いながら、カンタの手を引っ張って部屋に連れて行こうとする。苦笑いしそうになる自分を抑えながら、ノックをして中に入室してみた。


「母上、皆様、おはようございます」

「おはよーございます! ねえ見て! メラニーとってもせくしーなドレス貰ったの」

「お、おはようございます」


 三者三様の挨拶を受け、メイク中の母親がにこりと笑って「おはよう。あらぁ、みんなお洒落ねえ」などとどこぞの主婦口調で返したのでちょっと吹きそうになった。


 父ローレンスと長男レオ、次男イサックは既にメイク中の母を囲んでいた。和やかな談笑ムードが一変、レオが俺を見るなり睨みを利かせてくる。


「三男が我らより集合が遅いとは、どういう了見だ」

「まあまあレオ。今日くらいいいじゃないの。そうガミガミしないで」

「そうだぞ。せっかくのパーティだ」


 父と母が丸く収めようとしたから、レオもそれ以上は喰ってかかってこない。油断ならない人だわ。マジでライオンかよ。


 まあ助かったからいいとして、その後は至って単調だった。パーティの準備が始まってからは特に何もすることはなく、同じく暇を持て余したメラニーの遊び相手をしているだけ。


 カンタは色々と雑用を任されていたが、文句一つ言わずに走り回っていた。実際にパーティ開始直前になると、豪華絢爛な馬車が沢山ポーン邸に入ってきた。


 こういう時、大体にして挨拶周りとかで大変なのは、日本もここも同じかもしれない。俺はそういう面倒なものから逃げようと、せっせと一階の人気がなさそうな廊下に落ち延びていた。


 メラニーも途中まではついてきていたが、貴族達の中に同年代の子供を見つけるや否や、目を輝かせて話しかけにいったようだ。やっぱ同世代の友達が一番欲しいよね。


 この辺りのフロアはまだ準備中の立て札がかけられている。俺は気にせず中へと進んだ。準備をしている人達は見知った従者やメイドなので、気を使わなくて済む。


「……あれは……」


 ただ、一つ気になったものがある。長男レオが自らの執務室として使っている部屋が、まるで展示フロアのようになっていたんだ。


 入ってみると、どうやら以前レオが持ってきたダンジョンストーンや魔石、宝石がいくつも並べられていた。


「あれ? グレイドじゃないか。どうしたんだい? こんな所に」


 背後から声がしたので振り返ると、イサック兄さんがいた。気さくな微笑はいつ見ても安心させてくれる。


「暇だったのですが、挨拶周りも嫌いなので、目立たない所で時間を潰そうかと」

「そういうことか。じゃあ僕と同じだね」

「レオ兄さんに何か言われないのですか」

「時間の問題だとは思うがね。見つかるまではブラブラしてたいよ。レオの相手は楽じゃない。知ってるだろ?」


 冗談混じりにいうイサック兄さんの目は笑っていなかった。まあね、そんな人と半年も一緒にいたんだから、相当お辛い思いをされていたのだろう。俺は苦笑するばかりだった。


「あの赤いダンジョン・ストーンだけ、随分と特別に飾られているようですね」


 彼にとっては憂鬱な話題を、少しばかり変えることにする。台座の上に透明なケースが置かれ、その中で怪しい輝きを放っている赤い宝石。レオがランクAのダンジョンを攻略したと誇らしげに語っていた姿が頭に浮かんだ。


「あれだけは別格だからね。しかし、気をつけなくちゃいけないよ。あのダンジョン・ストーンは、きっとまだ使える」

「使える、とは?」

「隣にある台座に石板みたいなものがあるよね。真ん中に空いている穴は、魔石やダンジョン・ストーンを入れる為にあるんだ。あれは魔道具の一種。魔石なら強力な付加効果を授ける優れ物。でもダンジョン・ストーンを入れてしまえば……新たなダンジョンを生み出す災厄の品となる」


 イサック兄さんの説明を聞いているうちに、うなじの辺りがぞわりと総毛立ってしまう。


 ここにある魔道具とダンジョン・ストーンがあれば、ダンジョンを生み出すことができる。恐ろしい事実だ。


「怖いですね。例えばですが、私のような人間でも、あの魔道具は扱えますか」

「魔法の心得があればそれなりに扱えるよ。グレイドならまず、間違いなく使える」


 やっぱりそうだったか。

 恐らく学園をダンジョンに変えたのは、この魔石によるものだ。


 グレイドは恐らく、この二つを盗んで学園をダンジョン化させ、多くの人間を殺してしまったのだ。

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