第20話 家庭教師と練習試合
十月九日。習い事を始めてから約半年が経過していた。今日もエリン先生の授業が行われている。
だが、今回は練習試合形式だった。二対二に別れて領地内の森を使い、俺達は実戦さながらの戦いをすることになった。
しかしメンバー分けは対等とは言い難い。なぜかといえば、俺の相棒は何を隠そうキュートな妹メラニーである。
「おにーさまとメラニーが組めば無敵!」
という何の根拠もない発言をしていた妹だったが、流石に五歳の子供に攻撃はできないので、メラニーに関しては捕まったら負けというルールになっている。
で、相手チームはエリン先生とカンタだった。いや、実質これって一対二じゃない?
俺のクレームはエリン先生にかき消されてしまい、お互いに離れたところからスタートということになった。
既に試合開始の時間になっている。とりあえず森から少し出たところに川辺があったので、俺は携帯型の椅子を開いて座り、相手の出方を待つことにした。
「ねーねー! おにーさま兵士長! メラニーどうすればいい?」
「……今日は兵士ごっこか。メラニー一兵卒は木の上を定位置とする。隠れられる場所に登り、指示あるまで待機せよ。俺の合図で魔法を使用するように」
「りょーかいであります!」
分かりやすい合言葉だけを伝えると、雲一つない快晴みたいな笑顔になったメラニーは、元気よく森の中へと駆けて行った。
最近はいろんな遊びを知っては俺を誘ってくるので、相手をするのが少々しんどい。今日は兵隊ごっこがやりたかったらしい。
それから大体十分くらい時間が経過した。俺は側に剣を常備しながらも、手には紅茶のカップを持ち、優雅に奴らが攻めてくるのを待つことにする。
レオという目の上のたんこぶ的な存在が帰ってきた以上、今まで以上に悪役貴族グレイドを演じているつもりだ。
だが演じるにも限界はあり、結局のところ本当の悪事は働いていない。別にいいかなとも思う。口調とかキャラがブレてなければ、さして気にすることもないはず。
しばらくして、森の中の茂みが不自然に揺れた。変化に敏感になっているせいではなく、恐らく何かがいる。果たしてカンタかエリン先生か、招かれざる客か。
答えを考えるよりも早く、出鱈目なスピードでそいつは猛ダッシュをかましてきた。
「うおおおおおおぉおおお! 坊ちゃん、覚悟ぉおおお!」
カンタがまるでチーターみたいに猛然と迫ってきた。手には棍棒を持っており、今回は一度当てられたら負けという話になっている。
俺は奴めがけて掌を向けた。詠唱は省略した形を見つけており、二秒程度で終わる。開いた手から放ったのは、透明な敵というより空間に放つような類のものだった。
「オールブレイク」
一瞬だが青色の光がカンタを包み、一直線に向かってきた俊足が衰える。この魔法は要するにデバフの一種で、相手の全能力を一時的に落とすことができる。バフ・デバフ共に初級ではあるが習得済みだった。
動きが鈍ってきたカンタだったが、闘志を失うことなく前に進み目前まで迫ってきた。この状況で俺はまだ座ったままであり、続いて掌を上に向けた。
「ダークメテオ」
次の魔法の詠唱が終わり、そのまま発動させる。今度はカンタの足元に魔法陣が出現し、召喚された隕石が真っ直ぐ上へと昇っていった……カンタを乗せて。
詠唱の組み合わせにより、隕石を召喚する魔法陣の位置を変えることができる。ちなみに本来は、空から斜めに放つのが基本らしい。
「うおわあああ!?」
途中で隕石をコントロールし、怪我しないギリギリの距離でカンタを落とす。川へ真っ逆さまにダイブするその姿は爽快さすら感じた。
さて、あっという間に相手は一人だけになった。これまでエリン先生の元で習得した魔法は、ファイアボールを含めて合計四つだった。期間のわりには習得できていたと思う。
すると、今度は川から巨大な水柱が上がる。カンタは魔法が使えないので、こんな芸当をする人といえば彼女しかいない。
ただ、これ自体は攻撃というより陽動であることはすぐに分かった。森の奥からいくつもの光の矢が飛んできたから。多分初めて見せてくれた魔法になる。
一本一本の軌道を読みながら冷静に避け、俺は川の向こう岸へと渡る。剣を構えて遠目に眺めていると、ようやく森の奥から先生が姿を現した。
凛とした表情の奥には好奇の色があり、この半年ほどずっと観察されていた。恐らく俺の戦法なども熟知しているようだが、彼女が俺を見ているように、俺もまた彼女を見ていた。
先生である以上、いつまでも隠れて攻めてくるという方法をとることはできない。これは世間体というものに縛られ、戦い方を限定されてしまう悲しい例だが、今回は利用させてもらうことにする。
俺は真っ向勝負を挑むべく長剣を鞘から引き抜き、だらりと川の水に垂らした。エリン先生はレイピアを抜き、一歩一歩川へと向かってくる。
カンタはずぶ濡れになった体を震わせながら森のほうへ戻り、勝負の行方を見守っている。
「やっぱり闘牛のように向かって行っては勝てませんね。カンタ君、少しは学びましたか?」
「あ、あはは! いやー、俺不器用なもんで」
「メラニー様がいませんね。グレイド様、お嬢様はどちらに?」
俺は微笑を浮かべるだけだった。ここで種を明かす筈がない。
「それより、一騎討ちの合図を決めないか」
「まあ、私は何でも良いですが」
「では、ドッカンにしよう」
「……?」
一瞬だが川辺を歩むエリン先生の動きが止まる。その瞬間、背後から猛烈な魔法のエネルギーが集約し、幾つもの爆発を引き起こした。
メラニーはなんと爆発魔法フレアを習得していた。五歳にして覚えるなんて天才だなと思いつつ、一撃でも当たれば先生死ぬかも? なんて物騒なことを今更考えてしまった。
「ドッカーン!!」
遠くからメラニーの大声が響き、爆発魔法がいくつも川辺を破壊していく。
いやいや、ちょっとこれはやりすぎじゃないか!?
環境破壊と先生殺しになっちゃうぞ!?
なんてことだ。妹はまだ限度という言葉を知らなかった。だが環境破壊はともかく、先生の身に心配はいらないことはすぐに察知した。
またしても光の矢が無数に飛び交い、俺を串刺しにせんと追いかけてくる。先ほどは大きな動きでかわしていたが、今度は最低限度で避け続けた。
すると爆風の中から傷ひとつない先生が弾丸の如く飛び込んできた。
この瞬間、俺は両手を広げて無防備な姿を晒した。相手からすれば意味が分からなかったと思う。先ほどから何度も受け、唱えていた詠唱は耳に入っている。同じように口ずさんで両手を交差し、すぐそこまで迫る相手を睨む。
「ライトアロー」
「な……!?」
瞬時に放たれる光の矢。距離もほぼ数メートルまで迫っていたせいか、先生はかわすほどの余裕はない。だが、ほぼ詠唱なしで彼女は魔法による防御を実践する。
マジックバリアと呼ばれるものだ。恐らくはさっき放った妹のフレアも防いだのはこの方法だと予想している。鋭利な光の矢は彼女を守る円形の壁を突破できず、途中で光の粒子となって消え去った。
悲しいかな。闇属性が得意な俺は、光属性の魔法が極端に弱いものとなってしまう。多分当たっても大したダメージにはならないだろう。
しかし、勝負の女神は先生には微笑んでいない。マジックバリアで防ぎ切った時には、俺の剣が彼女の眼前にあったからだ。
「……参りました。さっき見せただけで魔法を覚えるなんて、やはり天才ですね」
「本物の天才が、妹の力を借りるかな」
悪役貴族なりに謙遜してみた。練習とはいえ若輩者に遅れを取ったのに、なぜか先生は嬉しそうに不気味な笑顔を浮かべている。怖いって!
兎にも角にも、俺たちはそれぞれ力をつけていた。後は他の面でも強化をしていくことを考えていたが、その前に憂鬱なミッションがある。
実は明日、ポーン家でパーティが開催されてしまうのだ。
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