第18話 レオの挑発

「お疲れっす! グレイド坊ちゃんをお連れしました」

「入れ」


 一階にあるその部屋は、父ローレンスの部屋と同じくらい広かった。普通に八十平米くらいはありそう。


 どうやら執務室的なものらしく、ベッドなどはない。机とソファが置いてあるだけのようだが、奇妙なものが目についた。


 レオ・フォン・ポーンはソファに座り、ただ黙々とテーブル上にある宝石を一つずつ布で磨いていた。顎で座るように促されたので、静かに対面に腰を下ろす。


 まだ二十代のようだが、それにしても貫禄がある男だと思う。三十過ぎたとある男の前世は、あまりにも貫禄が無さすぎたが。


「これが何か分かるか?」


 兄はまずは世間話から入ろうとしているようだ。カンタが首を傾げている。


「ダンジョン・ストーンでしょう」とりあえず答える俺。

「ほう。邸と領地から一歩も出ようとしないお前でも分かるのだな。その通りだ。だが、どれ程のダンジョンかは分かるまい?」


 ダンジョン・ストーン。それは非常に価値の高い宝石の一種だが、手に入れることは容易じゃない。


 なぜかというと、ダンジョン・ストーンはダンジョンの核としての役割を持つ宝石であり、ほとんどの場合魔物が溢れる最深部、ボスと呼ばれる存在が守っている。


 ダンジョン・ストーンはそのままにしていればただの石だが、魔道具などを揃えればダンジョンを作り出すこともできる。


 そもそもダンジョン自体、元々この世界に存在しているものと、ダンジョン・ストーンにより作り出されたものの二つが存在しているんだ。書斎で見つけた資料に記述があるが、この辺りもゲームと同じ仕組みになっていた。


「黄色くて小さいものはCランク程度。緑のダイヤはBランク。一番大きな紅いものはAランクのダンジョンでしょう」


 すると、宝石を磨いていた手が止まった。レオの瞳には軽い驚きが見てとれる。


「お前にしては勉強してるじゃないか」

「別に大したことじゃありません。ところで、要件はなんでしょうか」

「お前の目的について確認しておきたくてな」

「目的?」

「ああ。つい半年前まで何一つ覚えようとしなかった三男坊が、ここ三ヶ月ほどで急激に様子を変えたと聞いている」


 へへ、と得意げに斜め後ろに立っていたカンタが笑った。俺が褒められていると思ったみたいだけど、そういう空気感じゃないな。


「どういう風の吹き回しだ。俺から次期当主の座を奪いたくなったのか?」


 ストレートな質問だこと。普通もうちょっと遠回しにすると思うんだが、兄貴殿はなかなかに豪胆な性格をしている。


 来年殺される予定なので、そうならないように鍛えてます。なんて言っても絶対に信じてもらえない。だから少々違う理由を伝えることにした。


「いいえ。別に兄さんの椅子を奪おうという腹づもりではありません」

「ならば、何が理由だ?」

「学園に入学するにあたり、武芸は最低限の嗜みかと。今更ながらに思い当たった次第です」

「妙だな。お前は武芸など下々の人間がやることだと豪語していただろう」


 マジかよ。そんなこと喋ってたの。


「浅はかな考えでした。今では反省しております」

「反省? お前の人生に反省の文字はないはずだろう」


 嘘だろ。発言が大胆過ぎるって!

 や、やばい。喋れば喋っただけボロが出る。


「坊ちゃんはここ最近びっくりするくらい読書もしてるんですよ。だからきっと、俗っぽい考えも抜けて、立派に成長されてるんです!」


 隣にいるカンタが身を乗り出して、熱いフォローをくれた。マジでいいやつすぎる。


「……成長か。なるほどな。確かにお前は半年前とは見違えた。ならばその成長を確認するのも兄の務めというものだ。俺と一勝負するか? レプリカではなく、本物でな」


 不敵な笑みを浮かべて挑発してくる兄に、俺はかぶりを振った。


「遠慮します」

「ははは! やはりお前は変わっていないな。勝てそうにない相手からは徹底的に逃げ、弱い者には容赦なく牙を剥く。カンタよ、こいつのどこが立派に成長しているのだ?」

「いや、でもレオ様相手だったら、誰だってー」

「黙れ。お前のような低俗な世話係がいるから、こいつは一向に成長せんのだ」


 カンタが青い顔になっている。どうやらこの家で、レオの権力とやらは相当大きいらしい。正直、自分のことだけなら我慢できるが、気さくな世話係まで悪く言われると腹が立ってくる。


「そう言う兄さんは成長されたのですか」

「……なに?」

「私の目から見て、兄さんも変わったようには思えませんが」

「ほーう。ようやくお前らしくなってきたな。俺は日々心身ともに磨いているぞ。疑うのなら、試してみるか?」


 スッと立ち上がって見下ろしてくる兄の瞳からは、軽蔑の意志がありありと伝わってくる。


 はっきり言って、俺は当主争いには興味がない。来年以降も生き残って、このありがたい暮らしを続けていければそれでいい。


 だが、こうやって挑発してくる兄がいるのは厄介だ。少しは控えてもらうよう、関係性を改善させておきたい。


 俺は姿勢を崩し、脚を組んでだるそうに奴を見上げる。目上の人間にはまさしく不敬としか思えない仕草は、豪気な兄をイラつかせるにはもってこいだ。


「ぼ、坊ちゃん。レオ様! ちょっと落ち着きましょう」

「兄を立てるつもりでしたが、気が変わりました。私とやり合いたいのなら、そこのハルバードを持って庭に出てください」

「ふん、そうこなくてはな」

「カンタ、剣を持って来い」


 この一言で、レオはいよいよ本気の顔になり、カンタは慌てて立ち上がった。


「ま、待ってください! 坊ちゃん、真剣勝負はまずいですって!」


 カンタの静止に答えず、俺はただのんびりと兄を見据えた。すると廊下の辺りがざわざわと騒ぎ出していた。


「さあ表へ出ろ。胸を貸してやる。殺しはせんから安心するがいい」


 レオが大股に部屋の角にあったハルバードを取りに行き、いよいよカンタが慌てて彼を止めようと動いたところで、今度はノックもなく扉が開かれた。入室したのはイサックと父だ。


 これだけレオとカンタに騒がせれば、誰かしらが焦って動き出すと踏んでいたが、思ったより早かった。


「兄さん! 勘弁してよ。いくら何でも大人気ないって」

「レオよ。イサックが慌てていたが、何があった?」


 レオが小さく舌打ちをし、手にしたハルバードをまた壁に立てかけた。そういえばだけど、このハルバードは柄舌の部分に穴が空いていた。魔石を嵌めるようにできているようだ。


 俺はソファから立ち上がり、ため息をつきながら部屋から出ていくことにした。


「レオ兄さんに決闘を挑まれていたところでした。しかも本物の武器で勝負しろと。私は流石に拒んでいたのですが、引いてもらえなかったのです」

「何だと?」


 父の顔色が変わる。途端に焦ったレオが俺を睨んできたが、もう関係ない。


「私は領地に用がありますので失礼します。カンタ、行くぞ」

「う、うっす!」


 次期当主であるレオは、現当主である父には強く出れない。帰ってきた時の感触で理解できた。もし父に心変わりがあれば、当主になれない可能性だってあるんだから。


 ただ、これからも長男には注意しなくちゃいけないようだ。


 カンタと二人、街へ向かう馬車に揺られながら、俺は今後の立ち回りを考え続けていた。

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