第17話 二人の兄
従者とメイド、執事が列になって正門からずらりと並んでいた。
俺と父とメラニーはもっとも邸の玄関に近いところに立って、兄達が帰ってくるのを待っている。
俺はどんな顔で挨拶をすればいいのだろうか。まず、ゲーム中には登場していなかったので、グレイドがどんな接し方をしていたのかが分からない。
それとなく両親やカンタに探りを入れたこともあったが、どうも掴めなかった。
まあいいや。とりあえず敬語で喋っておけば問題ない気がする。まだグレイドは十五歳だし、しばらく会わない間に変化があってもおかしくはないはず。
もやもやと頭の中で思考が渦巻いていた時、舗装された道路奥からいくつもの馬車が現れた。黒地に金枠の幌馬車はいずれも豪華絢爛で、引っ張っている馬達もまるで体毛が光っているように美しかった。
やがて列先頭にいた従者が正門の扉を開け、威風堂々といった感じの最も大きな馬車が邸中央を進む。従者とメイド達が頭を順々に下げていく。
中途半端な位置にいたカンタもまた頭を下げたけれど、微妙に周りと合っていなくて少し笑いそうになった。
そしてついに馬車は邸前に辿り着き、幌から軽やかに一人の男が降りてきた。グレイドと同じ白髪を後ろにすきあげ、肩まで伸ばしている。顎には立派な髭を生やしており、身長はカンタと同じくらいで百九十センチはある。
こういうお兄さん、ハリウッドスターで似てる人がいた気がする。筋肉が半端ではないのが白銀の鎧の上からでも想像がついた。っていうか、なぜ鎧を着ているんだろうか。
「父上、母上。お迎えいただき誠にありがとうございます。ただいま帰りました」
「ふむ。レオよ、この度の長旅ご苦労であった」
この人が長兄か。続いて、レオが乗っていた馬車からもう一つの影が降りた。
こちらは紫がかった髪を後ろでまとめている。長身だが細身。前世の日本でいえばまさしくイケメンという言葉が似合う出立だった。レオとは違い、燕尾服を身につけている。
「只今帰りました。……あーお腹空いた! 幌の中で餓死するかと思っちゃいましたよ」
微笑を浮かべておどけるイサックに、レオは苦笑して頭を軽く叩いた。その様子を見て、なんていうか自分が偉く場違いな気がしてならない。
「うむ、ご苦労だったな。此度の成果は食事中にでも聞かせてもらうとしよう」
「まあ、イサックったら相変わらずね。でも安心したわぁ」
母は分かりやすく安堵の笑みを浮かべ、父は口元だけを緩めていた。こうして見ると、なんかホントに映画の世界みたい。
「イサックにーさま、おかえりなさい!」
バッと飛び出すように、メラニーはレオではなくイサックの元へダッシュした。不安定な走り方をする小さな体を、ポーン家次男は手品みたいにサッと抱き上げてみせる。
「やあメラニー。少し大きくなったんじゃないか? それに美人になったね」
「えへへ! でしょ!」
「まだ五歳だぞ。美人とは言い過ぎだな」
レオも笑って妹の頭を撫でていた。長男のことは怖いのか、メラニーはちょっとばかりビクッとしながらも抵抗はしない。
「ねーねー! グレイドおにーさま、すっごく変わったんだよ」
その一言で、まるでさっきまで蚊帳の外だった俺に二人の視線が集まった。見下すレオの瞳からは威圧感が吹き出し、イサックの顔からは好奇の色が出ていた。
「お久しぶりです。お元気そうで何よりでした」
とりあえず挨拶をしてみたが、レオはふっと鼻で笑うだけだった。
「少しは青臭い考えも抜けたか」
そう言いつつ肩に手を置き、すぐに去っていく。違和感というか、すれ違い様にかなりの密度で観察されたような気がする。
ふと、夢の中で聞いた女の囁きを思い出す。グレイドでないことがバレたら死ぬ。もしかしたら、この兄にやられるということをあの女は伝えたかったのかも。
しかしこの感触だと、やっぱり仲は良くなかったっぽいな。今度はイケメン次男イサックが歩み寄り、そこらの貴婦人なら一撃で落としそうなスマイルを見せる。
「やあグレイド。しばらく見ないうちに、すっかり逞しくなったね」
あれ? なんか好感触?
「いえ、そのようなことは、」
「グレイドおにーさまは、とっても強いの。先生に剣のしんずいをおそわってる」
「へえー! 剣を習ってるのか。やっぱり変わったなぁ。精悍な顔になった」
まったく妹め。エリン先生の言葉をすぐ覚えるんだから。真髄の意味なんて知らないだろ。
「何はともあれ食事にしよう! レオがあんまり飯を食うせいで、僕の分が足りなくてね。あと一日でミイラになってたところだよ」
こういうジョークが好きな人なのかな。とりあえずのところ、イサックは元々俺が嫌いではないのかも。この後は食堂に向かい、久しぶりに一家勢揃いの食事になるのだった。
◇
レオとイサックが行っていたことは、主に父ローレンスの跡を継ぐ為の準備だった。まずは大陸でも有数の貴族達に挨拶をし、土産物を渡したりして親睦を図ったらしい。
続いて王都へ向かい、国王や王族への挨拶と交流。その後には修行の一環として、多くのダンジョンをクリアしたとか。さらにそれが終わると、今度はローレンス家の領地とするか検討中の物件を確認して回ったらしい。
大陸内でも魔物が多く出没する土地などは、大抵の貴族連中は手放すことを考えるのだが、レオは敢えてそういった土地を手に入れようとしている。
食事中に聞いた話では、土壌が良く農業を営むには適しているから、これから魔物を討伐し、人を定住させればそれなりの儲けになるという。
だが、その考えは俺には上手くいくようには思えなかった。魔物っていうのはエタソでは本当によくエンカウントするし、勇者が魔王を討伐するまでは世界中でネズミみたいに増えまくるのだ。
到底無理としか思えないレオの計画を小耳に挟みつつ、適当に食事を終えた俺は、一人庭のベンチで本を読んでいた。
レオとイサックがこの家を出る時に連れて行った従者やメイドは、実に全体の半分に当たる。いかに大きな邸とは言っても、バタバタする足音がひっきりなしだ。落ち着ついて本も読めない。
やっと庭なら大丈夫と嘆息していたところに、今度はカンタが大急ぎでやってきた。
「坊ちゃん! ここにいたんすね。探しましたよ」
「騒がしい所は嫌いでな」
「坊ちゃんらしいっすね。実は、レオ様がお呼びで。部屋に来るようにと」
気まずそうに後頭部を掻きながら伝えてくる世話係に、俺は微笑を浮かべて立ち上がることで応える。
「退屈な話かな?」
「どうでしょう。まぁ、戻ってきたばっかなんで、いつもみたいにはならないと思うんですが」
なにそれ意味深! もしかしていつも酷い目に遭ってたりしたのか?
そんな話は全然なかったけど。
とにかく俺はレオの部屋に向かった。こういうのって、大抵怠いことが待ってたりするんだよなぁ。
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