第16話 メラニーと兄
練習試合から二週間が経った。
今日は久々に授業が休みだったが、俺は学園に入学するための準備を続けていた。
昼間から書斎に篭り、この世界の歴史や地理をできる限り調べる。歴史と地理はどんな世界においてもきっと重要なはずで、ポーン家の書斎には多くの文献が保管されていた。
エタソの世界と相違がないか、ゲーム内では語られなかった要素はあるか、ありとあらゆることについて調べる必要がある。なんだかんだ、知識って大事なんだよなぁ。
そういえば今日は朝からカンタがついていない。無理もないことだ。なにしろ今日はポーン家の長男と次男が戻ってくる日なのだから。色々と迎え入れる準備が必要なはずだ。
邸の中は火がついたように忙しく走り回る人ばかりで、書斎にいるのはその騒がしさが嫌だからという理由もある。
しかし、残念ながら俺を放っておいてくれる人ばかりではない。やけに高めのノック音がしたので返事をしてみると、小さなツインテール頭が本を片手にてくてく歩いてきた。
「おにーさま、ここにいたの。ねえ遊んで!」
ニコニコしながら駆け寄ってくる妹。みんな忙しいから、俺くらいしか相手がいないと思ったんだろう。可愛いけど、今は覚えなくちゃいけないことが山ほどある。
「俺は忙しい。後にしろ」
「えー。やだやだやだ! ねえ絵本読んで」
「しばらく待て。この歴史書を読んでからだ」
「はーい!」
あれ? なんかやけに素直に聞き入れたな。ラッキー。
「はい! しばらく待ちましたっ」
二秒しか経ってないだろ!
にこーっと笑いながら本片手に迫ってくるメラニーに、俺は呆れるしかない。
しかも隙をついて、椅子に座る俺の膝上に乗っかってきた。
「絵本、ねー絵本読んでー」
「しようのない奴だ。一冊だけだぞ」
「やったー」
俺は簡単に折れた。こんな屈託のない笑顔を向けられてしまうと、なかなか非情になれないのは自然なことだと思うけれど。
机に置かれた絵本の一ページ目を開くと、それはもうわかりやすい童話の世界が姿を現した。
「むかしむかし、あるところに一人の人間と、一匹の竜がすんでおりました」
絵本の内容はこんな感じだった。
大昔、とある島で暮らしていた人間と竜はいつも喧嘩ばかりしていたが、ある時知恵比べで勝負しようという話になる。
人間が勝ったことで悔しさのあまり竜は去っていったが、その向かった先には金銀財宝があって、勝負に負けたけど竜は大金持ちになれました、という教訓があるのかないのかよく分からないストーリーだ。
「竜さん、すごーい!」
「竜か……」
ふと気になることがあった。この絵本では竜が普通に喋っているのだが、エタソの世界では竜は「アンギャー!」とか叫ぶだけで喋ることはなかったんだ。
でも、実際に竜はこの世界には存在するはず。ゲーム内ではそうだったし、ほとんどがゲーム世界と同じであることを考えると、まず間違いない。
まさか、竜が俺を殺しにくるルートなんてのはないよな?
一瞬だが震えた。流石に笑えない展開である。
ちっちゃい妹は楽しそうに足をパタパタさせながら聞いていた。そういえば遅まきながら気づいたんだが、メラニーは五歳だけど詠唱文字が読めてたっけ。詠唱文字はこの世界での共通の文字でもある。
……あれ? じゃあこの絵本も一人で読めるんじゃね?
浮かび上がった疑問に悩んでいると、当の本人は何かを閃いたような顔でパッと振り向いてきた。
「ねー! 次はおままごとしよ」
「断る」
「えー!? なんでー?」
おままごと、それは日本でも小さい女子がやっていた遊びだった。悪役貴族のキャラが壊れると何かが起きてしまう可能性があり、おままごとなんて自殺行為の最たるもんだ。
「ダメだ。そんなものできるか」
「おにーさまと遊びたい! 遊びたいの」
それから数分ほど俺達は無意味なやり取りを繰り返した。子供ってホント頑固! ただ、長期戦になると大人のほうが分が悪くなることも、わりと良くある気がする。
「うぅ……」
ぐ……ちょっとメラニーの瞳がウルウルしてきてる。まずい、このまま泣かれたら罪悪感に苛まれそうだ。そんな時だった。
今度は至極上品なノックがした。救いの主はどこにでもいるものだ。
「おお、ここにいたのかグレイド。おや、メラニーも」
「父上。何かご用でしょうか」
「おとーさま。ごきげんよう」
父であるローレンス・ポーンが優雅な佇まいと共に部屋にやってきた。メラニーがくっついている姿を見て、厳格そうな顔に若干の緩みが生じたような気がした。
「うむ。これよりレオとイサックが帰ってくる。お前達も出迎えの準備をせよ」
「承知しました」
「はーい」
いよいよか。エタソでは登場しなかった兄二人。恐らく良好な関係ではないはずだ。
兄が二人いたことで家を継ぐことができないことが確定したことも、グレイドの性格を拗らせる要因となったはず。場合によっては兄の存在が予期しない死亡ルートを招き入れることもありえる。
俺は心持ちのんびりと服装を直した後、メラニーを連れて邸の正門前へと向かった。
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