第15話 先生は妥協しない

 槍を持った男の脳天にレプリカの剣をぶち当て、俺は小さく息を吐いた。


 今回の結果は偶然の産物だったわけじゃない。三人に囲まれた状態ではあったけれど、一応手は考えてあったから上手くいったんだ。


 以前カンタと馬車で町を散策している時に気づいたが、この手鏡は魔道具であり、スイッチを押すと背後が見えるようになっている。


 実は前も後ろも見えていたんだけど、気づいてないと見せかけて攻撃を誘う。騙されて乗ってきた順番に対処をしたというわけだ。普通に倒すのではなく、練習なので敢えて難しいことに挑戦してみた。


 最後の一人が動かないことを確認したエリン先生が手を上げ、高らかに声を発した。


「そこまで! 勝者グレイド・フォン・ポーン」


 ふう。やっぱ三人がかりとなると大変だな。俺が静かに休もうとすると、またメラニーがトテトテ走ってくる。瞳がキラキラして興奮しまくっているようだった。


「おにーさまー! やったね。化け物みたいだった!」

「もう少し違う表現がほしいな」


 ね、ねえ。化け物って褒めてるの? 心の中で戸惑いつつ、平静を装っていると、さっきとは違って神妙な顔つきになったカンタもやってくる。


「さ、流石っすね坊ちゃん。まさかとは思ってましたが、こんなに強くなってるとは思いませんでした。ただ、コイツらが死んでないか心配っすわ」


 やっぱり側から見ても力加減を誤っていたらしい。メラニーは全然気にしてないが、カンタはちょっと心配そうだった。とはいえやはり冒険者はタフネスが違うようで、しばらくするとみんな起き上ってきたので内心ホッとした。


 これで練習試合は成果のあるものになったのかな。ちょっとばかり思案していると、エリン先生がスッと耳打ちをしてくる。


「グレイド様。そのお顔、まだ満足されていないようですね」

「……」


 先生が何か企んでそうで怖い。なんなのこの人。


「はぁーい。では皆さん、今度は一対四なんていかがでしょう」


 すると、バンダナ男達から「はああ!?」という狼狽した声が上がった。


 おいおい先生。それは酷いよ。酷いって。そんないかにも嫌そうな反応されちゃったら、俺……。


「決まりだな。やるぞ」


 徹底的にやりたくなるじゃないか。


「「「「ひいいいー!!」」」」


 晴れ渡る空の下、むさ苦しい男達の悲鳴が響き渡った。


 ◇


 つい勢いで連戦してしまった。


「あ、あ……ありがとうございましたぁ」


 ボロボロになった四人が去っていく姿を見て、流石にやり過ぎてしまったかという後悔を覚える。っていうか、こういうことするから悪評が広まっちゃうのか!


 や、ヤバい。やっちゃってから気づいたわ。でもカンタとメラニーはワイワイ騒いでて楽しそうだ。


「やりましたね坊ちゃん。あの連中、もう坊ちゃんに舐めた口は利けないっすよ」

「そうか。まあもう会うこともなさそうだな」

「おにーさまは手加減を知らない。あくらつのまおう」

「どこで覚えた? そんな言葉」


 なんなのそれ。悪役貴族よりヤバいって。


 ひと通りが終わり、この企画をしたエリン先生はホクホク顔になっている。なんか妙なところがある人だ。


「私の想像どおり、いえ。想定よりも早く成長されているようですね。これはいよいよ期待が持てます」

「なんの期待だ」

「フフフ……まあ、楽しみにしておいて下さい。それではグレイドさん、カンタさん、今日の授業を開始します。まずは走り込みをしましょう!」


 エリン先生がニッコリ笑って、授業の開始を宣言する。マジかよ、今日は休めるんじゃないのか。


「ええー! マジっすか。俺、今日は休めると思ったんすけど」

「ダメです。特にカンタさんは剣も魔法もダメですから、体力だけでも鍛えなさい」

「先生ひでえ!」

「ねーねー、メラニーもやってみたい」

「お前は無理だ。やめておけ」


 こんな小さな子が五キロ走ったら死ぬって。お兄さんそんなの許しませんよ。ぷくーとほっぺを膨らませる仕草がかわいい。


「メラニー様は魔法のお勉強をしましょうね。はい! お二人は七キロ走りますよ。軽く流していきましょう」

「は?」


 思わず声が出てしまう。いきなり七キロも走らせるとか鬼か!


 そういえば、軽く流すっていかにも楽そうなニュアンスだけど、エタソの世界ではガチガチに鍛えることを意味する。


 ところどころで前世の世界とは、言葉の意味合いや文化が違っていたりするのだ。


「俺無理っす。無理ー」


 エリン先生は俺の想像以上に教育熱心だったらしい。だがこういう過程は必要だ。成長の度合いが遅れているとはいえ、勇者もまた伸び代が凄まじい怪物だ。


 あの金髪男はこれからどんどん成長していくに違いない。気を抜いていたらきっとやられる。


「今日は魔法を中心にやってみましょうか。そういえばしばらく走った先に川や滝がありましたねえ。あれを使って……」

「先生! 俺はもう魔法はいいっす。向いてないって気づいたんで!」

「カンタ、諦めてはだめだ」

「グレイド様の言う通りですよカンタさん。先生は一切妥協しません。今回は滝で修行することにしましょう。私が滝上から岩を落としますので——」

「い、岩!? ちょ、先生、殺す気っすか!?」


 しれっとヤバいことをいう教師に内心戦慄しつつ、俺達は今日も鍛え続けるのだった。

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