第14話 三対一の戦い
エリン・ビショップという高名な魔法剣士に誘われ、俺たち四人は意気揚々とポーン家とかいう伯爵貴族のところへやってきた。
俺たちは普段は冒険者として、ありとあらゆる魔物退治や護衛、なんかの調査やドブさらい、ダンジョン攻略など、ありとあらゆる仕事をこなしている。
だが、大抵の依頼は受け付けているとはいえ、練習試合の相手を務めてほしいなんてのは初めてだった。冒険者といえば荒くれの集まりであり、一歩間違えば賊になっちまう奴なんてうようよいるってのに。
俺はバンダナを巻いた奴の後で試合をするはずだった。持っていた槍は今回はレプリカ。本当にブッ刺せないのは残念だが、普段偉そうな貴族をぶちのめすチャンスだし、自然と気合は高まっていったよ。
しかし、最初の試合が終わってから、俺たちの士気はものの見事に下がった。
なんだよ。なんだよあの空をただよう紙みたいな動きは!?
どう考えてもおかしいだろ。
いや、まず貴族の男が最初に戦うっていう時点で奇妙な流れではあった。
グレイド・フォン・ポーン。この界隈を治めるローレンス・フォン・ポーンの三男坊。噂じゃあヒョロガリの陰湿野郎って聞いたが、実際は全然違う。
確かにこの男は無口でキザな空気がある。だが、瞳の深さと堂々とした態度、体から発せられる雰囲気は本物そのものじゃないか。どこに陰湿さがある?
ここに来る時、町民どもからグレイドの悪評を聞いていた俺達だったが、何か騙されたんじゃないかという気持ちになってきた。
「次は誰だ」
グレイドが俺達に視線を転じた。順番は俺たちの中では前もって決めていた。次は俺だ。
先鋒が負けたからって、流れを持っていかれるのはごめんだ。俺は気合を入れつつ前に出る。
「俺になります」
すると、遠目に声援を送っていたグレイドの部下っぽい男が慌ててやってきた。
モジャモジャした赤髪とグレーのジャケットは、盗賊ギルドの幹部とかを連想させる出立ちだ。何でこんな奴が貴族の邸にいるのか。
「すいません坊ちゃん。次は俺がやりますよ。連戦はキツイでしょう」
どうやらグレイドに気を使っているらしい。こいつが相手なら、まだ普通にやれそうだ。俺はしめた! とほくそ笑んだ。
「カンタ。この試合はできる限り俺にやらせてくれ。だが……」
グレイドの切長の瞳が、残された俺達三人を順番に観察しているようだった。カンタとかいう部下と話していた時は柔和な空気を出したのに、急に刃みたいに鋭くなる。
思わず喉がごクリと鳴った。こいつはヤバいと俺の中の何かが訴えている。
「一人ずつではダメだな。お前達、三人同時にかかってこい」
………は?
俺達は最初、何を言われているのか理解できずに固まっていた。
「ぼ、坊ちゃん! 一対三は流石に」
「おにーさまはやる気だ!」
慌てる部下と、興奮気味の小さな女の子。徐々に舐められているという理解が頭に浸透していき、怒りに火がつく。
「問題ない。無駄な時間をかけたくない」
「あの、せめて俺も参加で、二対三でどうっすか」
「いや、それでは楽になりすぎる」
この男、どんだけ傲慢なんだ。
他の二人も俺と思いは同じだったらしく、今にも殺しにかからんばかりの目つきになっている。
「いやぁ、グレイド様。それは気前の良いことですね」
鉄球を持った巨漢が笑いながら機嫌を取った。
「凄まじい自信です。将来有望とは、あなたの為にある言葉でしょうね。僕としても至らないのは承知ですので、是非三人で行わせていただければと」
ナイフ使いの小柄な男が笑っている。吐いた唾を飲ませまいと、あえて下手に出ているようだ。
「決まりだな。エリン先生」
「ええ、よろしいでしょう。では皆様、庭の中央へ」
膨れ上がった闘争心を必死に抑えながら、先ほどバンダナ男がいた位置へと足を進めた。残りの二人が自然と俺に集まってくる。
「なあ、囲んでやっちまおうぜ」
鉄球を持った巨漢が囁いた。
「三人で三方向から一気に攻めれば、絶対に誰かの攻撃は当たります」
ナイフ使いが確信を持って呟く。俺も異論はない。
「そうするか。開始したらすぐに散って包囲しよう」
グレイドは部下みたいな男とくっちゃべっていた。この野郎……ただじゃおかねえぞ。
かくして戦いの時はきた。エリン先生は一回目の試合と同じ位置に立ち、やや遠目から両陣営に視線を送ると、軽く礼をした。
「さて、それでは始めるとしましょうか。グレイド様、冒険者の方々、準備はよろしいですか」
「ああ、いつでもいい」
グレイドの返事に合わせるように、俺たちは首を縦に振った。
ちなみにだが、このエリン先生は有名な人だ。実力派の魔法剣士であり、彼女を欲した国家は後を絶たない。
世界史にも名が載るであろう剣士は微笑を浮かべると、右手に持ったコインを天に向けて弾いた。まず包囲できるかどうかが勝負だ。俺は気合を入れて槍を向けた。
コインが地面に落下したかしないかのギリギリで、鉄球使いとナイフ使いが別方向に走った。グレイドと俺は向かい合ったまま動かない。奴が動かないことで、懸念していた包囲網の失敗はなくなった。
正面に俺、右と左斜めに鉄球男とナイフ男が位置取り、完全に有利な位置取りに成功する。
さてこうなれば、傲慢な貴族といえど怯えを隠すことはできまい。三人は共にニヤけていた。勝利を確信した以上、後は遊びのように弄ぶのみ。
だが、異変はすぐに起こった。包囲網を完成させてしまえば、後は流れに任せて集団リンチを決めてしまおう。俺達はそう考えていたはずだ。エリン先生が止める前に、ボッコボコにして泣かせてやろうと。
しかし三人は動けずにいる。正面に相対している俺は、一向に構えることすらしないグレイドを前にして固まっていた。どうしてかっていうと、奴はあまりにも場違いなことをしやがったからだ。
あろうことか奴は、剣を背中の鞘にしまったまま、手鏡で髪の毛をチェックしてやがった。
「こ、このお!」
侮辱に耐えきれなくなったのはナイフ男だった。右手に持っていたナイフを軽やかに投げつける。無防備な背中に刺さるはずだったそれは、一瞬のうちに消えた。
馬鹿な……! 防いだというのか。後ろに目でもついているというのか?
「な!?」
「うおらあああ!」
ナイフを持った男が狼狽したまま飛び出した。続いて巨漢もまた行動に出る。頭上で鎖がついた鉄球を勢いよく振り回し勢いをつけ、力いっぱい投げた。
ここで攻めれば勝てるはずだ。消えたナイフのことを一旦頭から追い出し、俺は槍を持って前へ。だが次の瞬間、不遜にしか見えぬ貴族の動きに、それぞれが圧倒されることになる。
まず最初にグレイドは垂直に飛ぶと、猛烈な勢いで回転し左足の踵で鉄球を蹴り飛ばした。その勢いたるや凄まじく、黒い球は反対側から迫っていたナイフ男にめりこみ、尋常ではない音とともにぶっ飛ばした。
ナイフを持った小男が倒れたと思った時、俺は思わず動きを止めた。どういうわけか、鉄球を持っていた巨漢が倒れたのだ。よく見れば喉元にレプリカのナイフが当たっている。
奪ったナイフを投げつけたのか。一体いつの間に?
しかし、考えている余裕など僅かにもない。グレイドはまるで悪魔の如き形相で、いつ抜いたともしれない剣を俺に振り下ろしていた。
視界が闇に染まった。俺達三人はしばらくの間、負けたことにすら気づかなかった。
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