第13話 大剣使い

 レプリカの大剣は傍目からでも重量感があり、本気の一撃をもらったら決して無事ではすまない。


 しかし、切れ味がないというだけで練習用として認められるあたり、この世界の緩さを感じる。俺は表情一つ変えることなく、ただ静かに剣を地面に垂らしていた。


「グレイド様。その構えでよろしいので? 俺の大剣、そうノロマな代物じゃありませんぜ」

「必要ない」


 ただ短く返答するだけで、バンダナ男から発せられる殺気が上昇した。誠也だった頃の俺ならどんな手を使っても逃げるところだが、そんな必要はグレイドにはない。


 元々自分を鍛えることを最優先にしたのは理由がある。エタソ内でのグレイドという悪役貴族の設定から予想していたことだったが、この一ヶ月で確信に変わった。


 その確信があるからこそ、このバンダナと戦うことに決めた。


「お二人とも、準備はよろしいですか?」


 エリン先生が両者から少し離れた位置に立ち、古くから決闘で使用されているコインを手に取った。あのコインが地面に落ちた時が始まりの合図だ。エタソでは決闘以外でも練習試合などで使われる様式となっている。


「おにーさま! がんばって」

「坊ちゃん! ガツンとやっちゃってください!」


 メラニーとカンタの応援が聞こえた。カンタの奴ナチュラルに煽ってるから、またバンダナの戦意が上がっちゃったよ。まあ、原作でも挑発が得意な男だし仕方ないか。


「では、始めます」


 短く宣言して、エリン先生がコインを指で弾いた。くるくると回る金色の小さな輝きが、芝生の上に音もなく落下した。


 本来好戦的な奴であれば、すぐさま襲いかかってくるはず。

 プライド高き悪役貴族らしくと言ったら妙だが、俺は自らは攻めずに相手に先手を譲った。


 しかし、バンダナはじりじりと距離は詰めてくるものの、構えたまま攻撃に移らない。大剣を両手で持ちどっしりと構えるその姿勢は、野球のバッターよりスタンスを広げ、腰を落としたような感じ。


 変だなぁと俺は心の中で疑問を持ってしまう。たしかこのバンダナは、相手が格下と見るや闘牛みたいに突っ込んでくるタイプだったはずなんだが。バンダナ男の額からは汗が流れている。


 その時、ふと簡単なことに気がついた。ああ、これはダメかもしれない。


「うおおおおお!」


 そう感じた矢先だった。バンダナが唸り声をあげながら一気にダッシュ。剣を大上段に構えて、垂直に振り下ろそうという姿勢になる。


 レプリカと言っても、普通に重傷になるであろう真っ向両断を前にして、俺は微かに横に動く仕草を見せる。


「貰ったぁー!」


 かわすことを待っていたとばかりに、バンダナは体を一回転させ、あっという間に大剣の軌道を水平に変えた。


 縦からの一撃と見せかけての、横からなぎ払おうという作戦だったらしい。大剣の位置は俺の腰より低めを狙っており、かがんで避けることも難しい。


 さらには大剣は俺から見て、左から右に向けて振られていた。左側に避ける仕草を取ったため、時間的余裕はほぼない。


 やはりダメだ。軽い失望が心の中を支配していた。

 こいつでは無理だ……勇者を想定しての練習相手は務まらない、と。


「うらぁあ——あ!?」


 俺はやや悠長に体を浮かせ、反時計回りに体を回転させた。読み切ったとおりの速度で大剣が腰からふととも近くを通り過ぎ、着地した時には無防備になったバンダナが目を見開いて凝視していた。


 長剣をバンダナの首筋に添えた。たったの一瞬で勝負はついた。


「そこまで。勝者、グレイド・フォン・ポーン」

「あ……ああ……」


 バンダナ男は何が起きたのかも分からず呆然と立ち尽くしている。動きが大胆に過ぎたことがこの男の敗因であり、対魔物に特化し過ぎたことが理由だと思われる。


 俺はこのバンダナ男だけではなく、他三名についても知っていた。エタソの中に登場する荒くれでありながら野心家でもある。


「坊ちゃん、おめでとうございます! やべえ……達人みてえでした」

「おにーさま、すごーいっ!」


 唐突に抱きついてきたメラニーに内心驚きつつ、俺はただ微笑を持って二人に返した。いやしかし、ちょっとこの妹ちゃんは懐きすぎだな。原作と違い過ぎているところに不安は感じるけど……まぁいっか! かわいいは正義!


 他三名の冒険者連中はみんな戸惑いの表情を浮かべていた。まあ、実際そこまで強い奴らじゃないからね。


「フ、フフフ……」


 先生の奇妙な笑いが気になる。そこはおいておいて、今回の勝利についてだが……実はこの結果は別に意外なことではないんだ。


 なぜかというと、初代エタソというのはゲーム動画配信者にとっては定番のネタで、家庭用ゲームとして発売されていたソフトのデータを解析しようとする人も少なくなかった。


 その中で敵キャラのデータも当然見つかったわけだけれど、特にプレイヤーを驚かせたのは、グレイドのステータスだった。


 物語序盤の難敵と呼ばれるグレイドは、大体にして勇者と仲間数名がレベル15〜18程度で戦うことになる相手だ。


 汚い手を使いながら攻撃してくる悪役貴族は、レベル20に満たないメンバーでは全滅することがよくあり、バランス調整が失敗していたのではと囁かれている。


 実際、失敗していた可能性は高かった。

 なぜならエタソでは敵キャラクターにもレベルが設定されているが、グレイドはレベル1でしかなかったのだ。


 レベル18数名を相手に一人で苦しめるレベル1って、どういうこと?


 プレイヤーの中には、そのプライドの高さとひねくれた性格がため、グレイドは一切努力をしていなかったのだろう、という考察が広がった。


 さらに、もう一つ話題に上がる裏情報もある。

 エタソではキャラクターの能力値ごとに成長率ランクというものがある。。SS、S、A、B、C、Dが存在し、SSが最も高い。


 これは勇者や仲間キャラクターにしか存在しない要素と思われたが、なぜか仲間にならないグレイドにもステータス毎に成長率ランクが設定されていた。


 しかも驚くべきことに、その成長率はほとんどの項目がSSになっていたのだ。


 ゲーム実況や解説動画の中では、おそらくグレイドも仲間になるルートが存在していたが、途中でボツになったのではないかという考察がされている。


 グレイドのステータスの謎について、公式からの明確な返答はない。


 しかし、これらプレイヤーの考察は当たっていたと思う。なぜなら俺は鍛える度に、前世の人生経験には決してなかった急激な変化を実感しているからだ。


 話は戻るが、練習試合はまだ終わらない。


 この大剣使いも、一戦で終わればまだ良かったことだろう。

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