第10話 マジック・コントロール

「えらい! よくできましたねーメラニー様。初めてにしてはとっても上手でしたよ」

「ほ、ほんと!? やったぁああ」


 最初こそ泣きそうな顔になってしまった妹は、先生からのお褒めの言葉で花が咲いたような笑顔になる。


「五歳で魔法が使えるっていうのは、相当やるな」


 俺もつい褒めてしまった。すると普段はビクついて逃げる妹が、パッとこちらを見上げる。


「……ねえ、おにーさまは?」

「ん?」


 最初こそ何を聞いてるのか分からなかったが、少しして理解した。俺も魔法の練習をしないのかと、そう聞いているわけか。


「楽しみにしていますよ。グレイド様」

「坊ちゃん、ガツンとやっちゃって下さい!」


 先生とワイルドな世話係にも促され、俺は席を立った。さっきまでメラニーが立っていた芝生の上に立ち、静かに意識を集中する。


「あ! 待って下さい坊ちゃん。これ忘れてます」


 カンタが慌てて魔法書を持ってきたが、俺は左手を上げて制した。


「大丈夫だ。もう覚えた」

「え……マジっすか」


 ファイアボールの詠唱文字は数十文字程度。日本語じゃないから昨日はなかなか覚えられなかったけれど、もう頭に入っている。


 俺はできるだけ静かに、体全体に存在すると言われる魔力を意識する。少しして、まるで温泉にでも浸かっているかのように身体中が暖かくなってきた。


 こうなってくれば次は文字をただ詠唱するだけ。しかし、これがけっこう長い。俺は文字を口に出しながら、ゆっくりと右手を上に上げる。そして手のひらを空に向けた。


 チリチリと何かが燻ってきた。それはやがて猛獣の唸り声を思わせるような豪快な響きに代わる。


 膨大な熱を感じる。俺は静かに頭上を見上げた。

 ああ、これはファンタジーそのものだ。なんて奇妙な感傷に浸らずにはいられないほど、美しい光景があった。


 太陽と手の間に、まるでもう一つの太陽があるようだった。想像しているよりもずっと大きな火の塊は、まだ成長を続けている。


「す、すげえ! 坊ちゃんが、あんなデカい魔法を」

「おっきいー! まんまるだ」


 エリン先生の声は聞こえなかった。だが、周りのことを気にしている余裕もない。この火の玉、ちゃんと投げられるか?


 火の玉を投げるっていうより、正確には誘導するように手を振るのだろう。さっきのエリン先生の動きを思い出し、そのままな感じで腕を振る。静かに……されど力強く。


 巨大な火、いや炎の塊が矢のように飛んでいく。思っていた以上に速い。そしていとも容易く、一番右に設置されていた藁人形を襲った。


 燃え盛るまでに一瞬。燃え尽きるのは数秒。灰になるまではきっと一分。そんな凄まじい火炎の舞を眺めつつ、俺は考えていたもう一つの行為を実行に移した。


 手を振りきった時、すでにファイアボールは自らのコントロールから離れてしまった——と思っていたのだが、数かに手先に残り香というか、何か感触があるような気がしていた。


 俺はまっすぐに立ち、右手をもう一度あげる。今度は肩の高さまでで止め、思いっきり引っ掻くように右から左に水平に振ってみた。


「な……」


 多分背後から聞こえた声は、エリン先生だった気がする。右端で燃え盛っていたファイアボールが、そのままの勢いで真ん中の藁人形に飛び移り、貫通するように左にいた最後の藁人形にまで衝突した。


 すでに消滅しかかっている右の藁人形をよそに、今度は二つの藁人形が同じ運命を辿っていく。


「うおおおおお! すげえじゃないっすか。坊ちゃん! 火の玉がまるで生き物みてえに!」


 しばらくして、背後からカンタの唸り声がした。そこまで騒がれると照れる。


 でも、これはエタソでは大抵の魔法使いはやっていた動きだった。一部の魔法は、対象に当たった後でも操作することができる。この仕様によって多くの雑魚魔物を倒すのはセオリーの一つだった。


 流石に現実では無理かも、なんて不安だったけど意外にもあっさり成功した。いつの間にか隣までやってきたメラニーは、興奮した顔で藁人形と俺を交互に見上げている。前世ではあまり考えなかったけど、子供って可愛いなぁ。


「ほぼ最初の魔法でここまで操るとは……率直にいって、グレイド様は才能をお持ちですね」


 エリン先生はメガネをクイっと直しながらこっちを凝視してる。なんか嫌な予感がする。そういう時はやっぱり嫌なことがあるものだ。


「これからはグレイド様は剣技の練習を五時間、魔法の練習も五時間行うことにしましょう」

「お、おう。しかし、そんなに最初から飛ばして大丈夫かな」


 少しだけ俺が躊躇いがちな返事をしてしまうと、エリン先生は少し首を傾げた後、静かに微笑んだ。


「勉学料についてはご心配なく。最初の授業料から増やすことはありませんので」


 いや、そうじゃなくて! 体が持たないって話なんだが。


「やべえ……! 坊ちゃんが急に成長してる。俺、感動してきたっすよ」

「ねえおにーさま。さっきのメラニーにも教えて!」


 なんてことだ。誰も俺の体を心配してない。グレイドは体力バカにでも見えるんだろうか。でも、ちょっとずつだけど三人とは打ち解けてきたような気がする。


 まあ順調ってことでいいのかな。青空にため息を漏らしながら、俺はその後も剣と魔法の練習に明け暮れたのだった。

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