第5話 未来の勇者

 一心不乱に木剣を振る姿は精悍そのもの。庭でたった一人稽古を続ける少年は、他の子供達とは比較にならないほどの輝きを放っている。


 一眼で俺にそんな感想を持たせてしまうほどに、勇者となる予定の男は美しかった。少しして、彼の側に少女が駆け寄り、白いタオルを渡している。


 しかし妙だ。あの少女はゲーム内に登場していただろうか。俺だったら覚えているはずなのに、どう思い返しても浮かんでこない。


 まあいいや。とりあえずは、勇者のことをカンタに聞いてみるか。


「あの男が誰か知ってるか? カンタ」

「え? さぁ……。もしかして、坊っちゃんの新しい友達っすか」

「いいや違う。言うなればアイツは、未来のライバルだ」

「ライバル……」


 ちょっとキザな言い方しちゃった。でも、まあこういうキャラだからしょうがないね。どうやらカンタは知らないらしい。勇者といえば領地とか関係なしに有名人なのかと思ったんだけど。


 まだ勇者になってない頃だし、名が売れるようになってくるのはこれからってことかな。


「昨日の件ってのは、あいつが絡んでるんすね。坊っちゃんに不敬でも働いたんですか?」


 カンタの目が、少しずつ野獣に近しいものに変わっていくようだった。これはまずい。カンタは意外にも作中では、煉獄の闘犬なんて名前でユーザーに呼ばれたほど荒々しい男だ。


 涼しい顔をしている俺だが、この時ばかりは肝を冷やした。万が一カンタが暴走したら止められない。運命の日を前にしてバッドエンド決定になってしまう。


「いずれ話す。さて、もう行こう」


 馬車は静かに走り出した。間違いなく昨日のあいつは勇者だった。それだけ知れればいい。さて、俺が調査しなくちゃいけないことはまだまだある。


 だって一年しか時間がない。準備期間くらいはもっとサービスしてくれても良かったのに。次に向かったのは、我らが領地ブリータスだ。


 ◇


 大体にして、領地を納める貴族に対して、町民はどんな反応を示すのが普通だろうか。


 時代劇っぽい感じで、「へへえー!」と土下座しちゃうとか?

 またはどっかの軍隊みたいに、列を作って敬礼をするとか?


 昨日はあまりにもパニクっていたせいで、領民達のことが頭からすっぽ抜けていた。見定める必要がある。領民からのグレイドへの反応を。


 馬車を降り、俺はとりあえず適当に散歩がしたいとカンタに伝えた。いつも通っているところでいいので、軽く気分転換したいということも添える。


「うっす! 任せてくださいよ。じゃあ大通り行きましょう」


 カンタに言われるがままやってきた通りは、意外にもオシャレ感が凄い。イギリスとか、フランスとか、なんかそんな感じの街並み? まあゲームの中じゃ中世風異世界っていう設定だったからこうなるのか。


 白い石畳の上に建てられた煉瓦作りの家々や、とっても大きな時計塔。上品な街並みを悠々と人々が楽しげに歩く姿は、希望に溢れた町という雰囲気に包まれていた。


 しかし、この町が一年もすれば大変なことになってしまうのだ。他ならぬグレイドの手によって。とはいえ、中身が俺になったからには大丈夫な筈。うん、きっと大丈夫。大丈夫ったら大丈夫。


 何度も心の中で大丈夫という念仏を唱えてしまっていた矢先、妙なことに気づいた。


「なあ、カンタ」

「へい。どうしました?」

「やけに俺達の周り、人がいないよな」

「え? ああ、これはあれっすよ。坊っちゃんに敬意を表して、道を譲ってるんすよ」


 絶対違う。これ、根っこから嫌われてるやつだ。そして嫌われてる上で、絡むと厄介すぎるからなるべく近寄らないようにしてるパターンだ。


 要するにいじめっ子集団を避ける普通の学生達、みたいな感じがする。


「敬意というより、露骨に避けているがな」

「いやぁ。坊ちゃんはなんたって未来の領主様ですから! みんな緊張しちゃうんですって」


 まあ、緊張はするよな。恐怖という感情が大きく働いてるだろうし。まずい感じだぞこれは。


 大体にして、俺に味方と呼べる奴らは何人いるんだ?


 そんなことを考えていると、裏通りのほうで屯している悪ガキっぽい奴らが駆けてきた。


「グレイド様ー」

「グレイド様! ちーっす。今日もどっかで暴れるんですか?」

「俺たちも使ってください。最近イライラしてんすよぉ」


 なんてことだ。どうやら俺は、日常的に町の中で暴れたりしているらしい。このIQが3くらいしかなさそうな連中は、そんな俺とよくつるんでるのだろうか。


「おいお前ら。グレイド様はなぁ、そうそうお前らとつるんでるほど暇じゃねえんだよ。今日は自分達で遊んでろや」


 カンタが声を上げると、連中はビビりながら頭を下げ、そそくさと逃げ去っていった。


「すんません。あいつらに付き合ってやるのも疲れますよね? たまにはガツンと言っちゃっていいっすよ」

「ふん。まあ、まだ奴らも子供だからな。時にカンタ」

「へい!」

「この辺り、全然人がいなくなったな……」

「え? あ、あー! そうっすね。それがどうかしたんです?」


 いや、どうかしたんですって。町の人みんな俺から逃げてるじゃん。


 これはまずい。俺は領民からの信頼は地の底よりも低いようだ。この辺りも改善していかないと、反乱が起きて殺されるなんて未来もあり得そうだ。


 俺はとりあえず、普段ブラブラと暇つぶしに寄っているというスポットを回った後、ぐったりとなりつつも馬車で帰った。


 やるべき課題はいっぱいだ。一つずつというよりも、多分同時進行で進めていかないと間に合わない気がした。

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