第4話 領地プリータス

「まあ良いだろう。では差し当たって、教師は探しておくことにする」


 通った! さすがは原作主人公にいろいろアイテムやら武器を恵んでくれただけのことはある。


 メラニーはそわそわしながら父と俺を交互に見ていた。母はふぅーん、くらいのリアクション。カンタは「おお!」とガッツポーズでもしそうな声を上げている。


「ありがとうございます。実は父上、既に教師については目星をつけているといいますか。希望の者がいるのです」

「ふむ、誰だ?」


 エタソでは剣や体術、魔法といったものを教えてくれる存在が数名ほど登場している。


 なぜかというと、主人公である勇者が学園に通う前、まずは教師に剣や魔法のイロハを教わらなくてはならないからだ。


 教師は五名ほどがランダムで選出され、その中から誰か一人を選ぶシステムになっていた。ただ、このランダムで選ばれる存在には当たりはずれが多い。当たりの教師もはずれの教師も、俺の記憶には全て残っていた。


「オーガスト・フレイジャを希望します」

「うむ。却下」

「ありがとうございま……」


 一瞬承諾してくれたと思って舞い上がっちゃったよ! でも却下。まあそうだろうな。


「言いたくはないがグレイドよ。かのオーガストは世界屈指の魔法剣士。老齢になったとはいえ、その権威は国王に勝るほどだ。打診すら我が家柄では致命的なものになりかねぬ」

「作用ですか。残念です。ではギース・アロウズはいかがでしょう」


 ここで父は思案げに腕組みをした。実はオーガストは物語でも伝説級と称される男であり、最初から上手くいくとは思っていなかった。


「ううーむ。しかしな、ギースもまた多忙な身よ。確かに後進の育成に熱心な男ではあるようだが。そもそもこの地までやってくるだけの暇があるかどうか」

「そうですか……」


 俺はここで露骨にへこんだ表情をしてみる。三十過ぎのおっさん時代にはウザがれたけど、この容姿ならまだセーフかも、なんて思った次第です。


「坊っちゃん。先生はまだ沢山いますって! 良かったら俺が探してきますよ」

「ふ……気を使わせてしまったな。……父上。エリン・ビショップはお願いできないでしょうか」


 この一言に父は少々思案したが、やがてゆっくりとうなづいた。


「ふむ、あの者ならば呼べそうだな。良かろう。エリンの元へ使いを送ることにする。だが、巡り合わせが悪いこともあるかもしれぬ。他にも候補は探しておくように」

「ありがとうございます」


 思わず叫びそうになり、慌てて自分を抑える。久しぶりに喜びでいっぱいだ。なぜなら、最初から狙っていた相手にアプローチをかけることに成功したから。


 エリン・ビショップはオーガストと同じ魔法剣士であり、剣も魔法もこなせるバランス型だ。実は勇者が選ぶ上で、最も推奨されているのが女性教師エリンだった。


 一度覚えれば序盤はまず苦労しない魔法や剣技を教えてくれるので、とにかく進めやすくなる。だが、勇者があまりにも順調に成長できてしまうほど、俺が殺される可能性もまた高まってしまう。


 こうして妨害しつつ、かつ自らを成長させるという手は決して悪くはないだろう。ただ、グレイドは悪役貴族だ。黒い噂が彼女のところまで広まってなければいいが。


 そんなことを考えつつ、ご飯を終えた俺はカンタと一緒に街へと出かけることにした。


 ◇


 昨日は町の手下を数名連れていたが、今日はカンタと従者の三人。幌馬車で領地であるプリータスへやってきた。


 なんていうか、この馬車に乗っている感覚にまだ慣れない。奇妙な特別感のせいか、前世での底辺人生の名残りか。


「いやー坊っちゃん! なんか急に変わりましたね。顔も以前よりこう、しまってきたっていうか」

「以前は腑抜けだったような言い草だな」

「あ、いやいや! そんなことないっすよ。でも、昨日のことがきっかけって言ってたじゃないですか。一体なにがあったんです?」

「言うほどのことじゃない。そこを右に曲がれ」


 石畳の橋を渡りきり、十字路に出たところで従者に指示をした。若い従者は少し戸惑ってはいたものの、すぐに指示通りに方向を変えてくれる。


「あれ? この辺りって」


 カンタが不思議そうに周囲を見渡していた。日本で言えば閑静な住宅街っていう言葉がしっくりくる通りで、勇者という存在と敵対するまでのグレイドには興味すら湧かない場所だった。


 そういえば少々話は脱線するが、この悪役貴族はとにかくキザなキャラクターで有名だった。必ず胸ポケットに入っている手鏡を取り出してみる。


 ゲーム中でもしきりに見ていたっけ。ナルシスト全開である。


「……!」


 なんだこれ?


 よく見れば普通の手鏡じゃない。どうやら魔道具のようだ。左下の辺りに小さなスイッチがあり、押すと自分の背後が確認できるようになっていた。


 これなら後ろから誰かに襲われても気づける。でも、どうしてこんな物を持っていたのか。ゲーム中では明かされていない設定だった。


 しばらくカンタと話しながら、なんとなく答えを思いついた。多分グレイドは、いつも誰かに襲われるんじゃないかという恐怖に駆られていたんじゃないかって。


 普段虚勢を張ったり強がったりする奴ほど、その内心は臆病なものだ。こういう物を懐に忍ばせて過ごす日々って、楽しいのかな。


 そんなことを考えているうちに馬車は進み、プリータスの町の境目を超えた。ここから先は別の領主が納める地になる。


「あれ? ここは、もうリアンじゃないっすか」

「ああ、少し確認したいことがあってな」

「は、はぁ」


 もし、別の領主が治める町でトラブルを起こせば大変なことになる。多分カンタはその可能性を考えているのか、少々険しい顔つきになり、よりいっそう周りを警戒していた。


 しばらく馬車を進めること数分。とある青い屋根の家を通りかかったところで、俺は馬を止めさせた。


 閑静な住宅街も、ここだけは毛色が異なる。ポーン家とほとんど変わらない大きさの家と庭。勇者が生まれた場所だ。


 そして今どうしても目に入れておきたい相手が、やはりいた。

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