第3話 世話係と妹

「いやー、今日もいい天気っすね! お父上が呼んでますぜ。もう飯の時間ですよ」

「あ、ああ……」


 俺を起こしにやってきたのは、三つか四つくらい年上のガタイが良い男である。可愛いメイドに「ご主人さま」なんて呼ばれる朝を期待していたが儚く散った。


 ちなみにこの男は、グレイドの世話係であるカンタ。見た感じチンピラなのだが、グレイドの父に命を救われたことがあり、何度も屋敷にやってきては頭を下げ、部下にしてほしいと粘り続けたという男だ。


 そしてカンタは、三男坊であるグレイドの世話係を任せられることになった。だから忠誠心については相当なもので、どんなルートに進んでも裏切ることは絶対にない。


 とりあえず服を着せてくれるメイドは俺にはいないので、自分で着替えて階段を降り食堂に向かった。すると階段の踊り場で、小さな何かが顔を覗かせたと思ったら、スッと隠れた。


 そういえばいたわー。この可哀想な妹ちゃん。まだ五歳くらいだったと思うけど、グレイドに虐待されていたんだっけ。カンタには懐いているが、俺のことは露骨に避けようとしているのが分かる。


「お嬢。おはようございます!」

「おはよう。メラニー」


 すると、踊り場の影に隠れていたふわふわの青髪ツインテールがびくっと揺れた。グレイドの妹メラニーは、まんまるの目をぱちくりさせながら、ささっと逃げていった。


 なんだろう……この違和感。すると隣を歩いていたカンタが嬉しそうに笑った。


「坊っちゃん。お嬢に挨拶するようになったんすね!」

「え!? あ、ああ。まあ挨拶ぐらいはな」

「なんか仲悪そうな気がしたんで、心配だったんすよ。いやー良かったぁ!」


 嘘だろ。あんな小さな子に挨拶すらしてなかったのか。グレイドという男は相当に闇深い性格をしていたらしい。俺の想定を軽く凌駕してるっぽい。


 不穏な家庭環境を知りつつ食堂に来ると、メイドさんや執事、それから主人達が待っていた。縦長な机の向こう側に親父であるローレンスがいて、その脇を固めるように母親と妹がいる。


 っていうか俺、どこに座るんだっけ?

 内心焦りを感じていたけれど、カンタが座るべき椅子を引いてくれたから助かった。


 グレイドは三男坊なので、本来なら上二人の兄も家にいるはずなんだが、数日ほど留守にしているらしい。それまでにどういう接し方してたとか、いろいろ調べておこう。


 しかし驚いた。貴族の朝食って超豪華なものが出るようなイメージだったけれど、全くもってそのとおりだったからだ。サラダやパンに野菜にスープ、パスタにステーキ、ハム、ウインナー、葡萄、イチゴ、ブルーベリーとか。とにかくひたすらご馳走だらけ!


 ゴクリ、と喉が鳴ってしまう。昨日食べてなかったから余計に破壊力ある。


「グレイドよ。早朝から親を待たせるとは、呑気が過ぎるのではないか」


 と、ここで父からお小言が入ってしまう。


「申し訳ございません父上。昨夜は酷く体調を崩しており、起きるのに時間を要してしまいました」

「ふむ。ならば致し方あるまい。だがこれからは気をつけるのだぞ」

「はい」


 グレイドの父、ローレンス・フォン・ポーンはオールバックの白髪が似合うナイスミドルだ。エタソの作中でもとあることがきっかけで主人公と知り合い、いろいろと冒険の手伝いをしてくれた援助者の一人。


 でもその援助者の家族が、主人公にとってひたすらに厄介な敵になってしまうというのは、なんとも皮肉な話だね。


 だが、できればそういったルートを歩まず、平和的に解決できるよう進めていきたい。その為にはまず一つ、やっておくことがある。これは昨日考えていたことなんだけど。


 俺はとりあえずはカンタや父と雑談しつつ、ご馳走の山を全て食べ終えた。


 そしてしばらくの間、父や母、カンタとたわいのない会話を続ける。特に父をさりげなくヨイショすることを忘れない。言い出しにくいことがあるときは、まず相手の機嫌を取ることが大事。これは前世で学びました。


 さて、善は急げだ。話を切り出そうとすると、カンタが目を丸くしていた。


「坊っちゃん! 残さず食べましたね!」

「は? あ、ああ……最近食欲が旺盛でな」

「くうう! 成長してるじゃないっすか。俺は嬉しいっす」


 うわー。グレイドってご飯残しちゃう子だったのか。まずい、もうキャラと違う行動になってきてる。

 とにかく話を切り出そう。


「父上、実はお願いしたいことがあるのですが」

「む。なんだね。言ってみなさい」

「私に、剣技と魔法の稽古をつけさせていただきたいのです」


 この一言に、ポーカーフェイスバリバリな父が目を細める。ここまで完全に空気だったが、母は「あらー」と呑気な反応をし、メラニーは口をあんぐりさせていた。カンタはハッとした顔で背を伸ばしこちらを見ている。


「ほう。天才たる私に努力など必要ない、と常々語っていたお前が武芸を学びたいとは。どういう心変わりだ?」


 この返しには少し焦った。大した力もない癖に、そんなことをほざいてたのか。


 グレイドという男は虚勢の化け物、というのが俺がゲームをやった上でなんとなく抱いた感想だった。もし頑張っても結果を残せなければ恥をかいてしまう。そういった他者の目に異常なほど敏感な男だったように思える。


 しかし、これから起こる未来を回避する為には、まずは自分を鍛える必要があると思う。だからこのタイミングが最適だと思う。


「ポーン家の一人として、私は今まで自らの力を過信していました。しかし昨日、さることがきっかけで目が覚めました。貴族とはいえ安全が常ではありません。自分の身は自分で守る。当たり前の事をできる男になりたいのです」


 むむ、と父が眉をひそめる。正直なところ、上手くいくかは五分五分だった。

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