返事

 いつの間にか、翔太しょうたの周囲には綺麗な森が広がっていた。すぐ目の前には河原があり、隣には狼愛ろあがいる。唖然とする彼に対し、狼愛は声をかける。

「また会えたね……翔太」

 彼女は安らかな微笑みを浮かべていた。それにつられるように、翔太も安堵のため息を零す。最後の最後に、彼はようやく報われたのだろう。

「狼愛。ずっと会いたかった」

「私も。私、ずっと翔太のことを信じてた。翔太なら、必ず成し遂げられるって」

 彼女の言い分から察するに、翔太は架神の野望を阻止することが出来たのだろう。もしそれが本当であれば、彼が命を賭したことも決して無駄ではなかったということになる。

「ありがとう……狼愛。少し、歩こうか」

「そうだね、翔太」

 戦争に利用される日々を生きてきた二人にも、ようやく本当に自由な時間が許されたようだ。狼愛は翔太の手を握り、少しばかり頬を赤らめた。翔太も照れ笑いを浮かべ、それからゆっくりと歩み始める。木枯らしやせせらぎの奏でる旋律は美しく、それでいて静寂を極めている。宛もなく森を散策していくうちに、二人の心は憩いのひと時によって癒されていく。

「これが、僕たちの愛した世界――か」

「そうだよ、翔太。世界は、こんなにも美しい。全部、翔太が教えてくれたことだよ」

「狼愛……」

 そうして歩みを進めていった末に、二人は一本の大樹を見つけた。

「ここで休んでいこう、翔太」

 そう提案した狼愛は、大樹の木陰に腰を降ろした。翔太はその隣にしゃがみ、それから自分のスボンのポケットに手を入れた。そこから彼が取り出したものは、一本のキーホルダー―である。

「そろそろ、これを君に返さないとね」

「これは……あの時の。つい最近のことなのに、なんだか懐かしく感じるね」

「そうだね。僕もそう思うよ。ずっと、そう思いながらこれを持ち歩いていたんだ」

 己の心情を語った翔太は、取り出したキーホルダーを狼愛に手渡した。狼愛は屈託のない笑みを浮かべ、彼の身に寄り掛かる。

「今度こそ、ずっと一緒だね。翔太」

「そうだね、狼愛。そう言えば、君に伝えそびれたことがあったよ」

「翔太……?」

 己の記憶をたどり、狼愛は心当たりを模索する。一方で、翔太の脳裏には狼愛の最期の瞬間が蘇っていた。



「私は、翔太と共に歩いてきたこの世界が好き。それを架神に壊されたくない。だから、翔太が世界を守って」

「狼愛……」

「好きだよ、翔太」



 それこそ、二人が最後に交わした会話だった。翔太は息を呑み、あの日の返事を口にする。

「狼愛。僕も、君が好きだ」

 それはまさしく、狼愛の望んでいた答えだった。感極まった狼愛は、すぐに彼に抱き着いた。それから二人は唇を重ね、互いを更に強く抱き寄せる。

「もう、貴方を一人にはさせない。だから翔太も、ずっと側にいて」

「もちろんだよ、狼愛」

「ふふ……やっぱり懐かしいね。一緒に無人島に行った時は、貴方の方から『側にいて欲しい』と言っていたのに。今では、私も一人では生きていけないよ」

 おそらく、あの日から二人は両想いだったのだろう。両者が互いの気持ちを確認したのは、今更になってのことだった。振り返れば、二人はこの瞬間に立ち会うまでに回り道をしてきたかも知れない。それでも翔太たちは今、かつてないほどに満たされた「心」を胸に抱えていた。

「そろそろ行こうか、狼愛」

「オッケー……かな? こういう時は」

「ふふ……そのぎこちない『オッケー』は、相変わらずなんだね」

 彼らは互いを離し、手を繋いだ。二人がふと真横に目を向けると、そこには空の彼方まで続く光の階段がある。翔太は狼愛の手を引き、その階段をゆっくりと登り始めた。

「翔太。私、生まれてきて良かった」

「僕も同じ気持ちだよ」

 これから二人は、終わりのない時を共にし続けることだろう。

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