カウントダウン

 そして現在、架神かがみの死は目前だ。彼は意識を集中させ、どうにかおぼろげな視界を整える。彼のすぐ目の前には、一本のナイフが迫っていた。

「させるものか!」

 彼は己の右手に携えたナイフを振り上げ、己の身を守った。二本のナイフは勢いよく刀身をぶつけ合い、そしてほぼ同時にへし折れた。二人のICに残された武器――それは己の肉体だけだ。架神は翔太の鳩尾に右ストレートを打ち込み、それから勢いよく頭突きをした。

「……!」

 翔太しょうたはすぐに体勢を整え、反撃に移る。彼は何発も拳を突きつけたが、その全てをかわされてしまう。そんな彼の最後の一発は、架神の掌によって受け止められる。架神は彼の手首を捻り、そして相手の体を床に叩きつけた。

「翔太! 俺はICプロジェクトの全貌を知って以来、復讐のためだけに一生を費やしてきたんだ! もはや後戻りは出来ない。俺が終止符を打つんだ……例えこの命を捧げてでも!」

 相変わらずの執念だ。架神は翔太の身に馬乗りになり、それから何発もの拳を顔面に叩き込んでいく。翔太は身動きを取れないまま、半ば一方的に殴られていく。もはやこの体勢では、彼が反撃に及べるか否かは絶望的だろう。


 その時だった。


「ガンマ砲発射まで、残り五分」


 その場に鳴り響いたアナウンスは、彼を更に絶望させるものであった。

「終わりだな……翔太!」

 架神は勢いよく拳を振り下ろした。翔太はその拳を右手で受け止め、不敵な笑みを浮かべる。

「まだ、終わってなんかいない。後、五分もあるんだろう? だったら、止めてみせる!」

 そう言いきった彼は、両手で架神の上着を掴んだ。直後、今度は翔太が架神の上に乗り、形勢は逆転する。一発、二発、三発と、世界を背負った拳が振り下ろされていく。顔面に打撃を食らっていく架神に、抵抗の手段はない。強いて手段が残されているとすれば、それはガンマ砲が発射されるまでに意識を保つことだけである。

「後五分か。博打だな……翔太。お前の拳と、俺の執念。面白い戦いになってきたじゃないか! フハハハハ! 俺はまだ死なないぞ、翔太ァ! 人類を道連れにする――その時まではなァ!」

「僕一人の拳じゃない! 僕の拳は、僕を信じた仲間たちの想いを背負っているんだ!」

「戯言も大概にしろ! お前だって、本心では望んでいるはずだ! その胸に抱えた怒りと! 憎しみと! 悲哀の矛先を、この世界に突きつけたいと!」

 渾身の怒りをもってして、架神は翔太を上方に蹴り飛ばした。それから彼は体勢を整え、因縁の相手の目を睨む。両者共に、底知れぬ怒りに満ちた眼差しをしていた。翔太が着地するや否や、彼の頬には鋭い肘打ちが炸裂した。彼の視界が揺らいだ瞬間、その目の前には架神の拳が迫っていた。翔太は後方に飛ばされつつも、すぐに立ち上がる。今度は彼が間合いを詰め、架神のこめかみを勢いよく殴る。

「ガンマ砲発射まで、残り四分」

 こうして二人が戦っている間にも、ガンマ砲の発射準備は着実に進んでいる。架神は再び咳き込み、血だらけの口元を袖で拭った。

「翔太ァ……お前の怒りは、本当に俺に向けられたものなのか? 違うだろう? お前は世界への愛憎に苦しむ一方で、俺を討つことでその憎しみを晴らせると思っている。お前は己を欺こうとしている道化にすぎないんだ!」

「道化でも構わない。それが世界を守るためであれば、僕は己を欺くし、道化にだってなってやる!」

「お前はどこまで愚かなんだ! 翔太!」

 声を張り上げた彼は、全身全霊を籠めて翔太を殴り飛ばした。翔太はその場に倒れ、震える両腕で己の上体を起こそうと試みる。そんな彼の頬を蹴り飛ばし、架神は笑う。

「勝負あったな……これで、じきに世界は終わる」

 翔太は今、まさに絶体絶命の危機にある。

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