全ての元凶

 架神かがみが生まれたのは、今から十七年前のことだった。

「この赤子がいずれ、戦争の鍵を握ることになるだろう」

「他のどの国が技術を結集させても、この個体を超える人材を生み出すことはないはずだ」

「我々のプロジェクトが成功すれば、狐火きつねびは世界有数の軍事国家となる」

 この当時から、彼はすでに大きな期待を背負わされていたようだ。彼はすぐに狐火軍直属の孤児院に送り込まれ、マインドコントロールを施されていった。まだICプロジェクトの全貌を知らなかった彼は、二歳半になった頃には機龍のシミュレーターにおいて好成績を叩き出していた。この頃から流暢に言葉を話していた彼を見て、プロジェクトに携わったチームは確信した。

「間違いない……架神は天才だ! すぐにでも後継機の準備に取り掛かれ!」

「了解!」

 この頃から科学者たちは、架神の遺伝子をベースとした子供を作り始めた。その子供こそが、後に架神と死闘を繰り広げる翔太しょうたである。



 それから一年後、まだ幼かった架神を引き取ったのは、一人の未亡人の女だった。子宝に恵まれなかった彼女は、彼を女手一つで育て上げてきた。そんな二人の関係が引き裂かれたのは、架神が十三歳になった時のことである。女はたった一人の養子を守るために必死の抵抗を試みたが、狐火軍の軍人たちに銃殺されてしまった。こうして架神は狐火軍に送り込まれ、兵器として利用されてきた。

「お前らは、義母さんを殺した! それから俺は、まもなく戦場に立たされた! お前らの目的はなんだ!」

 架神は憤った。そんな彼を服従させていたのは、当時二十四歳だった正和まさかずだ。この時、彼はまだ少佐であり、大きな権力を持っていなかった。そんな彼でさえ、ICを虐げるだけの力を持っていた。それほどまでに、狐火軍におけるICの扱いは非人道を極めたものであったということだ。

「余計な詮索はやめたまえ……羽生架神はにゅうかがみ。国を守るためであれば、我々は手段を選ばない。否、選べないと言った方が正確か。君が戦場に立たなければ、この国はやがて滅びるだろう」

「それで納得できるか! 俺はお前らの道具じゃない!」

「いや、君は道具だ。君はそのために生まれてきたのだからな」

 無論、それで納得できる架神ではなかった。後日、彼はかつて自分が育てられてきた孤児院に忍び込み、先ずは情報を収集することにした。


 孤児院の一室にて、架神は一冊の資料を見つけた。

「ICの軍事利用に向けた教育プログラム……? ICって、一体……」

 彼がICという言葉に辿り着いたのは、この時であった。彼の中で、一つの考えがよぎった。軍隊と孤児院が癒着しているのであれば、最悪の場合、国がICとやらに関与している可能性も十分に考えられるだろう。そのことを悟った架神は、狐火国の官邸の監視カメラにハッキングした。この頃から戦闘の才能に恵まれていた彼は一人で官邸に乗り込み、護衛を次々と銃殺していった。そして彼は当時の国家元首である中年男性を拘束し、その体に独自に開発した自白剤を投与した。

「答えろ……ICとはなんだ。その詳細の書かれた資料はどこにある?」

「この引き出しの中だ」

「鍵がかかっているじゃないか。鍵はどこだ?」

 尋問を続けつつ、彼は男のこめかみに銃口を突きつけていた。男は生唾を呑み、ポケットから鍵を取り出した。さっそく架神は引き出しを開け、ついにICプロジェクトについてまとめた冊子を手に入れた。

「こ……これで、私を許してはくれるか?」

「いや、お前は用済みだ。そして、このことを他言されるのも面倒だ」

「金ならある! いくらだ! いくら必要だ!」

 男は必死に生にしがみついた。しかし彼の命乞いは、かえって架神の神経を逆撫でした。

「大声を出すな」

 架神は男を射殺し、冊子をアタッシュケースに仕舞った。

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