二本のナイフ

 二本のナイフが何度もぶつかり合い、周囲には金属音が響き渡る。耳障りな旋律を奏でる刀身は証明に照らされ、眩い光を反射している。ほんの一瞬でも気を抜けば、命は無い。そこには息継ぎはおろか、瞬きをする猶予すらなかった。

「俺たちは、命は平等ではないことを知っている! ならば世界から一掃すれば良い……俺たちの奪われてきた全てを!」

 そう叫んだ架神かがみは、翔太の腹に蹴りを入れた。後方へと倒れた翔太しょうたは、すぐにナイフを構える。彼のナイフは頭上から振り下ろされた一撃を受け止め、甲高い金属音を響かせる。この状況から上手く立ち上がる隙を見いだせなければ、翔太が勝つことはないだろう。こうしている間にも、時は流れている。地球が滅びるまで、あまり時間は残されていない。

「……そうだ。僕たちは、あらゆる尊厳を奪われてきた」

 翔太がどんな正義を掲げようと、ICたちが虐げられてきた事実は変わらない。それは彼からしてみても、嫌でもわかることであった。ナイフを振り続けつつ、架神は話を続ける。

「ならば、何故この俺を止めようとする! 翔太ァ! 狼愛に託された使命を成し遂げたところで、彼女が報われるわけではない! お前が狼愛を苦しめたんだよ……翔太。お前が心など与えなければ、狼愛は苦しまずに死ぬことが出来たんだ!」

 あの日、狼愛は翔太のために戦死した。彼女が心を持たなければ、その方が救いはあっただろう。それもまた、揺るぎようのない一つの事実だ。それでも翔太は戦うことを選ぶ。彼は眼前のナイフを弾き、勢いよく立ち上がる。

「命とは、憎しみを晴らすために燃やすものじゃない! それがわずかなものであっても、いくら脆くとも、僕は幸福にすがりつく! そうやって折り合いをつけていくことが、僕たちに出来る最善の生き方だとは思わないのか!」

「寝言をのたまうな! 誰かが一矢を報いらなければ、この悲劇は未来永劫繰り返されるだろう! 俺が生まれたことに、意味があるのなら! そうだ……この憎しみこそが、その答えだ!」

「違う! 生きる意味は、幸福の中で見いだすものだ! 君は己を否定する者たちを遠ざけ、幸福を捨ててきた! 今の君に、守りたいものはあるのか? かけがえのない存在はいるのか? 僕は……僕はァ……!」

 拙い言葉を紡ぎつつ、彼は己の辿ってきた道筋を振り返った。彼の脳裏に浮かぶは、狼愛と孝之、そして己の義父の姿だ。狼愛と自由なひと時を過ごしたこともあった。孝之と他愛のない話をしたこともあった。そして何より、彼はかつて、義父のもとで釣りを楽しんできた身の上だ。こうした思い出を束ね、翔太は次の言葉を口にする。

「僕は、皆と出会えたこの世界を、愛しいと思っているんだ!」

 彼は架神を突き飛ばし、ナイフを振り下ろす。架神は真横に転がり、その一撃をかわす。そして翔太に冷たい眼差しを向け、彼は言う。

「どこまでお前は……愚かなんだ! 翔太! 正すべき世界から目を背け、仲間にすがり、理不尽を理不尽のまま受け入れるつもりか! 俺が目指している世界は、誰も苦しまない世界は、間違っているというのか!」

 そう訊ねた架神は、憎しみに満ちた表情をしていた。彼の主張に対し、翔太は一つの答えを出す。

「わからないよ……そんなこと。わからないけど、僕を支えてくれた仲間は皆、世界の存続を願っているはずだ。それだけで良い。それだけで……僕が戦う理由としては、十分なんだよ!」

 一つ、また一つと金属音が鳴り響く。両者ともに、一歩も譲らぬ戦いだ。それぞれ一本ずつのナイフを手に、二人は戦い続けた。そんな中、架神はかつてない危機に直面する。

「まずいな……薬の効果が、弱まってきたか!」

 彼の視界は、酷く歪み始めた。それでも息を整えつつ、彼は眼前の宿敵を睨みつけた。

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