世界に仇なす資格

 同じ頃、架神かがみの目の前では一機のイザヨイが燃え盛っていた。彼は勝利を確信し、不敵な笑みを浮かべる。

「お前もここまでのようだな……翔太しょうた。じきに、俺の悲願は達成される! 俺たちの運命を狂わせてきた世界を、俺たちの悲劇の全てを、この手で終わらせる! もう誰にも、この因果を正すことは出来ない!」

 この時、彼は油断していた。つい先ほど、彼は宿敵の乗る機龍を撃破したのだ。そんな彼が慢心するのも、無理はないことだろう。


 直後、イザヨイの残骸の隙間から赤い光が漏れた。

「まずい……!」

 咄嗟の判断で地面を転がり、架神はナイフを構えた。ほぼ同時に、一筋の光線が彼の頭上を通り抜けた。後ほんの少しでも彼の行動が遅れれば、その額はレーザー光線によって撃ち抜かれていただろう。そんな彼の目の前で、機龍の残骸が動き始めた。その中から姿を現したのは、満身創痍の翔太である。

「まだ終わってないぞ! 架神!」

 彼は肩で呼吸をしていた。その口元からは、鮮血が滴っていた。それでも彼の目には、底無しの闘志が宿っている。無論、体に重傷を負っている翔太には、あまり勝機はないだろう。強いて言えば、架神は先ほど光線銃を乱用していた。その事実だけが、まだエネルギーを持て余している光線銃を構えている翔太に許された唯一の特権と言えるだろう。しかし相手はあの架神だ。ましてや彼を倒したところで、ガンマ砲を止めることが出来なければ意味はない。己の生死に関わらず、架神は十分な時間さえ稼ぐことが出来れば勝利するのだ。

「ほう……まだ戦うつもりか。だが、積んできたキャリアは俺の方が上だ! そして、俺たちは背負っているものも違う!」

「君が背負っているものは憎しみ……ただそれだけだ! ICのため? そんなものは所詮、大義名分に過ぎない。ただ君自身が、この世界を憎んでいるだけじゃないか!」

「知った風な口をきくな!」

 架神は憤り、前方へと駆け出した。翔太は光線銃を撃ち続け、相手の体に風穴を開けていく。架神は全身から血を流しながらも、それを歯牙にもかけずに駆け続ける。そして彼は、ナイフを振り下ろした。ただの一回ではなく、彼は何度もナイフを振り回した。そのたびに翔太の体には、深い切り傷が刻まれていった。いくら翔太が光線銃を持っていても、その敵がナイフしか持っていなくとも、両者の実力は雲泥の差である。薄れゆく意識の中で、翔太は眠りに落ちないように歯を食い縛った。ここで気を失えば、地球は一瞬にして宇宙の塵と化すことだろう。そんな中、彼は疲弊に抗うように声を張り上げる。

「君は間違っている! 僕も、君も、その他大勢のICも、そんなやり方では救われない!」

 無論、己の正義を掲げているのは彼だけではない。架神は怒りを露わにし、翔太と舌戦を繰り広げる。

「己を人間たらしめることは、人であれば誰もが望むことだ! その権利を奪われた俺たちには、世界に仇なす資格がある!」

「詭弁だ! 人を傷つけることが、正しいはずはない!」

「だが、これは当然の結末だ。人の社会は犠牲を伴って発展した! それを人類が矮小化してきた末に、世界の亀裂は後戻りのできないところまで広がっていったんだ!」

 両者ともに、一歩も退かない。翔太は光線銃を連射し、架神はナイフを振り続ける。そうした攻防の末に、両者の戦況に更なる変化が訪れた。


 架神の振り下ろしたナイフは、光線銃を一刀両断した。


 これにより翔太は、もうレーザー光線を放てなくなってしまった。

「しまった……!」

「ナイフを出せ。これで条件は同じだろう」

「望むところだ……架神。僕は絶対に、狼愛ろあの愛した世界を救ってみせる!」

 そんな意気込みを口にし、彼は懐からナイフを取り出した。


 今この瞬間も、ガンマ砲は発射の準備を進めている。

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