切り札

 最後の一撃で大破したのは、オウマガトキの方だった。その巨体は勢いよく爆発し、残骸の中から傷だらけの架神かがみが姿を現す。この瞬間、翔太しょうたは勝利を確信した。後はジャッジメントを止めるだけ――彼はそう信じていた。


 直後、架神はポケットからリモコンのようなものを取り出した。


 彼がボタンを押すや否や、その場にアナウンスが流れる。

「ガンマ砲、発射準備開始」

 その言葉に、翔太は息を呑んだ。唖然とする彼を前に、架神は笑う。

「そろそろ、地上の連中は機龍兵との戦いで燃料を使い潰した頃合いだ。もはや誰も、地球から脱することは出来まい!」

 その言葉で、翔太は全てを理解する。

「切り札は機龍兵じゃなくて、今のリモコンか……!」

「ククク……冥土の土産に教えてやろう。たった今、ジャッジメントの主砲は宇宙に漂う原子を吸収している。じきに発生するガンマ線バーストにより、地球は滅びる運命にある!」

「僕は……僕たちを生み出した連中を許せない。だけど、君のことも絶対に許さない!」

 架神の凶行を前に、彼は激昂した。イザヨイは勢いよく剣を振り降ろし、眼前の宿敵を狙う。架神はその攻撃をかわし、光線銃からレーザー光線を放つ。光線はイザヨイの配線が露出した部位を的確に貫き、機体の左腕を撃ち落とした。これで翔太の機龍は、両腕を失った状態である。

「ちっ……なんてしぶとさだ!」

 架神の執念に、彼は驚かされるばかりだった。それからも翔太はイザヨイを操縦し、執拗に標的への突進を試みた。架神は生身の体でそれをかわしていき、レーザー光線を撃ち続ける。

「まだだ……まだ俺が死ぬ時ではない!」

 彼は声を張り上げ、目を凝らす。目眩で視界がぼやけそうな中、彼は必死にイザヨイの弱点を模索する。架神はやや千鳥足気味になっており、その呼吸は極めて荒い。その容態と比例するように、彼自身の立ち振る舞いもまた荒々しくなっていった。彼の放った光線が、イザヨイのコックピットの窓を粉砕した。その一撃を間一髪でかわした翔太は、大声を張り上げて架神との意思の疎通を図る。

「いい加減にしろ! こんなことをして、一体誰が救われると言うんだ!」

「決まってるだろ! 俺たちの……ICの尊厳だ!」

「憎しみなんかで、僕たちの尊厳は守れない!」

 一発、また一発とレーザー光線が撃たれていく。燃料の不足により機動力を残っているイザヨイは、みるみるうちに装甲を傷つけられていく。生身の肉体で機龍と張り合っている架神の抱える憎しみは、底知れぬものであろう。

「翔太! 何故わからない! 何故聞こえない! 何故ICであるお前に、俺の叫びが響かない!」

「わかってる! 聞こえてる! 響いてる! 僕だって、こんな世の中を憎いと思ってる!」

「それなら何故、俺の邪魔をする! 何故お前は、そうまでして人類を守ろうとする! あの連中のどこに、守る価値などある!」

 その答えは、翔太自身にもわからない。相手が全てのICの憎しみを背負っている一方で、彼は狼愛ろあに託された使命にすがりついているだけだ。

「そんなこと、僕にだってわからない。それでも僕は、この憎たらしい世界を守りたいと思っているんだ!」

「酔狂な奴だな……お前は。だが、ジャッジメントを止めたところで、お前は自ら守り抜いた世界で長く生きることも適わないんだ! 惨めな正義感は捨てろ! 翔太ァ!」

「君が銃を降ろしてさえくれれば、僕は君のことだって救ってみせる! 短い余生を、太陽よりも眩しく輝かせてやる!」

 翔太はそう言ったが、そんな言葉は架神からすれば信用には値しないだろう。

「俺の命はか細い灯火だ! 俺に未来などあるものか!」

 元より、架神には時間がない。彼はイザヨイの胸部を撃ち貫き、動力源を破壊した。イザヨイは勢いよく爆発し、その残骸を辺りに撒き散らした。

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