審判

 翔太しょうたは無事、ジャッジメントの内部に侵入した。そこで彼を待ち受けていたものは、左腕が欠損したオウマガトキであった。

架神かがみっ……!」

 翔太は叫んだ。彼はコックピットを操作し、さっそく荷電粒子砲を放つ。眼前の機龍は右手に光の盾を生成し、彼の攻撃を難なく防いでしまう。その光景を前に、翔太は驚きを隠せない。

「どういうことだ……オウマガトキに、そんな機能は無かったはずだ!」

 それから彼は、すぐに悟った。人工的に作られたかの天才は、己の機龍を改造している。その上、翔太は今、更なる危機に直面している。

「くっ……もう燃料が……」

 こともあろうに、彼の乗るイザヨイは先程の戦いでかなり消耗していた。不幸中の幸いか、燃料不足に悩まされているのは彼だけではない。架神もまた、スカイネストとの戦いにより多くの燃料を消費してしまった身の上だ。


 通信機越しに、架神の声が聞こえてくる。

「俺を止めに来たのか? 飛んで火に入るなんとやら……だね。さあ、始めようか……最後の戦いを!」

 いよいよ最終決戦の時だ。しかし両者ともに、レーザー光線を乱射できるほどの燃料を持て余していない。二機の機龍は、その巨体を互いにぶつけ合いながら戦った。通信機を介して、翔太は架神との対話を試みる。

「架神! もう充分だ! これ以上、無駄な血を流す必要はない!」

「世迷い言を! もはや人類に、改心の余地はない!」

「何故、そう言いきれる!」

 激しい舌戦だ。同時に、イザヨイとオウマガトキは光の剣を生み出し、凄まじい速さで剣術を披露していく。ほんの一瞬でも気を抜けば、それが命取りとなるだろう。

「人は歴史から何も学ばない。歴史から学ぶという大義名分で、己の思想を自己弁護するだけだ!」

「それでも世界は存続してきた! 人類が滅びずに繁栄し続けてきたのは、そこに確かな正義があったからじゃないのか! 架神ィ!」

「違う! 世界は人権を持て余す多数派の民意によってのみ導かれてきた! だからこの世界は、我々の尊厳を礎に回り続けてきたんだ!」

 こうした論争が繰り広げられた最中にも、二機の機龍は徐々に損傷している。剥き出しになった配線は漏電しており、両者ともに虫の息といった現状だ。そんな中、架神は突如むせ始めた。オウマガトキのコックピットには鮮血が散らばり、彼の運命を冷たく突きつけている。

「後もう少し……もう少しだけ生きなければ! 全てのICの無念を、晴らすんだ……この俺が!」

 肩で息をしつつ、彼は小さな瓶を手に取る。その中に入っている錠剤は、残りわずかだ。

「ククク……皮肉なものだな。ICを作り続けてきた人間たちは、ある日突然死ぬ。それが今日という日だ!」

 架神は錠剤を飲み干し、操縦桿を強く握った。

「俺の命はもう一日ももたないだろう。だが全人類も道連れだ! これが因果というものか! フハハハハ! ハーッハッハッハッハッ!」

 己の死期を悟ってもなお、彼は笑っていた。その笑みは決して健全な心から生まれたものではない。彼の心はこの上なく屈折していた。


 一方で、翔太は希望に満ちた目をしていた。

「君の思い通りにはさせない! 人類は間違った道を歩んでしまったかも知れないけど、それでも……世界は……」

 彼はほんの数瞬だけ言葉に詰まり、それから狼愛ろあと街や無人島を散策した時のことを思い出した。イザヨイのコックピットの天井からは、二つのキーホルダーがぶら下がっている。

「それでも世界は、美しいから!」

 それは翔太の本心から出た叫びだった。無論、そんな叫びは架神には響かない。

「だが人間は美しくはない! ゆえに俺たちは苦しんできた! 死をもって全てを償うが良い! それがお前たちへの報いだ!」

「絶対に……止めてみせる!」

 両者の剣は激しく衝突し、稲妻のような火花を散らした。

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