叛逆

狼煙

 数日後、世界は混沌の渦に包まれた。


 地球上の至る所で、数多の機龍が暴走し始めた。火の海に呑まれる都市を背に、リポーターが現状を説明する。

「世界各地に眠っていた量産型の機龍が暴走し、周囲のものを無差別に破壊し始めました。暴走した機龍は、いずれも今はあまり使われていない遠隔操作用で、国連は何者かがハッキングした可能性が高いと見てリモート会議を進めています」

 そのニュースは世界中を震撼させた。翔太しょうたは自分と狼愛ろあの写った写真を見つめ、独り言を呟く。

「狼愛。君が愛した世界は、絶対に僕が救ってみせるよ」

 オボロヅキは先日の戦争で故障中だ。いくら相手が量産型の機龍であっても、メタルコメット一機で太刀打ちするのでは埒が明かない。ましてや、それは圧倒的な数の差を前にすればなおのことである。


 そんな時、彼の前に正和まさかずが現れた。おそらく、その口からは無理難題が告げられることだろう。この時、翔太は半ば死を覚悟していた。そんな彼の予想に反し、正和は有能である。

「オボロヅキの後継機、イザヨイの準備が出来ている。すぐに量産型機龍を殲滅したまえ」

 幸い、狐火軍は他の機龍を所有していた。その上で、イザヨイはオボロヅキの後継機である。未知の機龍の性能に、翔太は期待を抱いた。彼は出撃する前に、先ずは正和と情報を共有しなければならない。

「大佐。おそらく、この惨状は架神がもたらしたものだよ。アイツはずっと、クーデターを計画していたから」

「クーデターだと? 一体、何が目的なのだね」

 この期に及んでもなお、正和は自分にも責任の一端があることを自覚していなかった。翔太は怒りを覚え、魂の叫びをぶつける。

「全部、君たちのせいだ! アイツはICの運命を呪い、今は世界をめちゃくちゃにしようとしている!」

「ゆ……杠葉翔太ゆずりはしょうた……?」

「僕だって、迷ったよ! こんな世界、壊してやりたくて仕方がない! だけど狼愛がそれを望まないから……だから僕は、歯を食い縛って我慢してるんだよ!」

 彼が憤るのも無理はない。彼は今や、架神にとっての最大の理解者だ。それでも翔太がクーデターに肩入れしない背景には、狼愛の存在があった。正和は深いため息をつき、彼をなだめようとする。

「敵を見誤るな。今は我々がいがみ合っている場合ではない。一刻も早く、今の事態を鎮静化したまえ」

「大佐はどうするの?」

「……こちらで先程解析した結果、量産型機龍の暴走は人工衛星『ジャッジメント』からのハッキングによるものだった。それを主要国の面々と共有したのち、私も出撃する」

 狐火軍の大佐を務めているだけのことはあり、正和はそれなりに優秀だった。一先ず、これで二人は持ちうる限りの情報を共有したことになる。


 翔太は言う。

「大佐……僕は君のことが嫌いだ。だけど君は愛国者で、自分のことを勘定に入れない人間だと思っている。だから、共に戦おう。この国を、守るために」

 今まで、彼は戦争に消極的だった。そんな彼が今、因縁の相手と共に戦おうとしている。正和は不敵な笑みを浮かべ、こう返す。

「男の顔つきになってきたではないか、杠葉翔太。私は君のことを嫌っていたが、今の表情は気に入った」

 彼は己の右手を差し出し、握手を要求した。翔太は彼を睨みつけ、それを拒絶する。

「思いあがらないで。今は味方であっても、僕は君を憎んでいる。この戦いが終わったら、僕はICが狐火軍で受けている仕打ちを世間に公表する」

「構わん。羽生架神はにゅうかがみがクーデターを起こした時点で、どうせ世間に実情は漏洩するだろう。綺麗事だけでは祖国を守れない……ただそれだけのことなのだよ」

「どうかな。君たちの生命倫理を度外視した合理が、今の悲劇を引き起こしたんだ。世界を救うのが人情であることを、僕が証明しよう」

 そう語った翔太の表情は、かつてないほどの闘志を帯びていた。

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