同じ頃、孝之は窓から満天の星空を眺めていた。彼は浮かない顔で頬杖をつき、深いため息をついた。そんな彼の様子を妙に感じ、ジェラートは声をかける。

「ヘイ、ボーイ。仲間が恋しいのか?」

 その声に気づき、孝之は振り向いた。彼はどこか哀愁を漂わせる愛想笑いを浮かべ、不安を口にする。

「それもある。だけどそれ以上に、何か悪い予感がしたんだ」

「悪い予感?」

「具体的にはわからねぇ。ただ、漠然と不安なんだよ」

 彼は断じて超能力者ではない。今あの森で起きていることなど、彼には知る由もない。そんな彼に対し、ジェラートは訊ねる。

「ところでボーイは、狐火軍に対する忠誠心はあるか?」

「あるわけねぇだろ。少なくともアンタの方がよっぽど、まともに話が通じるってもんだ」

「そうか、それなら話が早い。ボーイは戦場に立つ運命を免れたかも知れないな」

 予想外の言葉に、孝之は怪訝な顔をした。これまで、彼はICとして理不尽に虐げられ、そして戦わされてきた身だ。そんな彼はヴァランガ軍の捕虜と化したことで、戦いの運命から逃げられるかも知れないのだ。

「それは一体、どういうことだ?」

「ボーイは狐火の連中についてよく知っている貴重な人材だ。それを易々殺してしまうのは都合が悪い。我々が今後何に警戒すべきか、洗いざらい吐いてもらうよ。アーユーオケィ?」

 狐火軍とは違い、ヴァランガ軍は人間の使い方をよくわかっていた。しかし当の孝之は、軍の計画する事柄を把握していない。

「残念だけど、オレは軍の考えてることなんて知らねぇよ。別に拷問してくれたって良いけど、マジで何も知らないんだ。まあ、知っていても答えるつもりはねぇけどな」

「何故だ?」

「狐火には、オレの守りてぇダチや家族がいる。だけどアンタがアイツらを殺しても、オレはアンタらにはなびかねぇ。大事な仲間を殺されて、それで相手に絶対服従する道理はねぇからな」

 意外にも、彼は口の堅い男だ。

「なるほど、キミを生かしておく理由はなさそうだな」

 ジェラートは不穏な一言を口にし、彼を睨みつけた。孝之は両腕を上げ、ジェラートの説得を試みる。

「まあ、待てよ。オレは狐火とヴァランガの共通の敵について知っている。きっと有益な情報だと思うよ」

「話してみろ」

「羽生架神はICプロジェクトを推し進めた世界を憎んでいる。アイツは近々、クーデターを起こすつもりらしい」

 その話が本当であれば、彼らに対立している余裕はない。

「羽生架神……ICプロジェクトで作られた人工的な神童か。あのボーイなら、確かにやりかねないね」

 一見突拍子もなく聞こえる話を、ジェラートは易々と信じることにした。



 *



 一方、戦場では、翔太が狼愛の手を握っていた。今までぎこちない作り笑いしか出来なかった狼愛も、この時だけは心の底から笑っていた。彼女はついに、感情を手に入れたのだった。

「翔太が無事で、良かった。これが、心なんだね……翔太」

「そうだ狼愛! これが心だ! だけど、どうして僕のためなんかに、こんなことを……」

「わからないの? それが貴方の教えてくれた心だというのに」

 確かに、翔太は彼女に心を教えた。しかし彼女の自己犠牲は、彼が望んだものではない。

「狼愛、しっかりして。僕たちは、まだ生きないといけないんだ!」

「翔太。これで最後になると思うから、よく聞いて」

「最後なんて言わないでよ!」

 狼愛はすでに、遺言を遺す準備をしていた。一方で、翔太は今まさに迫っている結末を受け入れられなかった。そんな中、狼愛は淡々と話を続ける。

「私は、翔太と共に歩いてきたこの世界が好き。それを架神に壊されたくない。だから、翔太が世界を守って」

「狼愛……」

「好きだよ、翔太」

 最後に本心を口にし、彼女は永遠の眠りに就いた。

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